ソバの花は直径5ミリ程度で、とても小さいが、畑一面を覆って咲く様は、純白の絨毯に似て美しい。近づいてよく見ると、花弁に見える5枚の蕚(がく)の形も繊細で、可憐な印象を受ける。東京・池袋から1時間50分で行ける、埼玉県秩父地方では、今、春ソバの花が満開となっている。
ソバの花は、白くて小さいので、観賞用の花に比べれば地味だが、農作物の花にしては見栄えがする。野の花が少なくなる時期に、山道の行くてに突然開ける白い花畑は、昔の人にも強い印象を与えたようで、多くの名高い俳人が、その風情を句に残している。代表的ないくつかを、ご紹介しよう。
蕎麦はまだ 花でもてなす山路かな 芭蕉
現在は三重県西部にあたる伊賀にいた芭蕉のもとに、門人が訪ねてきたときの句で、新蕎麦の時期にはまだ早いので、蕎麦の花をせめてものもてなしにしようという内容だ。
鬼すだく戸隠のふもと そばの花 蕪村
「すだく」とは、たくさん集まって騒ぐという意味。信州の戸隠山は、謡曲「紅葉狩」の舞台となった場所で、その物語は次のようなもの。
会津生まれの紅葉という美女が悪事を企み、源 経基(つねもと)に、戸隠に流される。そこで鬼神と化し、通りかかった平 維茂(これもち)に襲いかかる。維茂は戸隠神社の力を借りて、これを調伏する。
戸隠地方は高冷地のため、昔は米が穫れず、蕎麦を主食にしていた。紅葉が生まれた会津も、名高い蕎麦処であり、ふたつの土地は偶然であろうが、蕎麦で結ばれていることになる。