2010年1月号のサライの特集「極上の年越し蕎麦」を読んで、日本各地の名店から生蕎麦を取り寄せた読者は多い。それらの方々が、取り寄せた蕎麦の美味しさに感動して、リピーターになっているのだという。親しい友人に贈りたいからと、何箱も注文したりして、「取り寄せ蕎麦ファン」が急増していると聞いた。
各地の名店から、生蕎麦を自宅に取り寄せ、自分で釜前(蕎麦屋で蕎麦を茹でる職人のこと)となって、茹でて食べる。この蕎麦が美味しいのには、いくつかの理由がある。
まずひとつめの理由は、サライで紹介した店の、蕎麦そのものがうまいということ。全国の名店から選りすぐった蕎麦店の職人が、丹誠込めて打った蕎麦だ。それを茹でてすぐに食べるのだから、美味しくないはずがない。
ふたつめの理由は、蕎麦を打ってから、宅配便で自宅に配達されるまでに、約1日の時間がかかる。この時間が、蕎麦をじっくりと熟成させて、美味しさが増すと考えられる。
京都の人気蕎麦店などでは、店で供する蕎麦も、打ってから半日程度、寝かせてから茹でている。熟成によって蕎麦の味がどう変わるのか、蕎麦職人の考え方は、ひとそれぞれだが、熟成を上手にコントロールすれば、蕎麦はうまくなるという蕎麦職人は多い。
また、蕎麦職人によっては、「蕎麦は挽きたて、打ちたて、茹でたて」の「3たて」がうまいと主張する人もいるが、これにはまた別の考え方もある。江戸蕎麦の伝統では、打ちたての蕎麦は「包丁下(ほうちょうした)」といって、すぐに茹でてはいけないことが常識となっている。蕎麦を打ってから、ある程度の時間、寝かせておかないと、水が蕎麦粉にまんべんなく行き渡らず、茹でてもすぐに浮き上がってきてしまうのだ。その結果、生煮えの部分が残り、美味しくない蕎麦になってしまうことがある。
打ちたてを、すぐに茹でたほうがいいのか、あるいはしばらく寝かせたほうがいいのか。どちらが正しいということよりも、それぞれの職人により、うまい蕎麦を作る方法は様々だといえるのかもしれない。
みっつめの理由は、自宅だとリラックスして味わえるということ。これは意外に重要な要素で、気分により味の感じ方は、大きく変わるものなのだ。
現在発売中のサライ、2010年6月号、「鮎と初鰹」特集の、24から25ページの記事を、お読みいただきたい。北大路魯山人の作った料理がなぜ、並外れてうまかったのか、その理由の一端が明かされている。
100点満点の料理を、さらにおいしくする調味料は、それを味わう際の「雰囲気」をおいて、ほかにない。魯山人は、料理を供する際の演出が、とても上手だった。だから彼は、自分の料理を盛る器まで、自分で作ったのではないだろうか。