■3本目:「富乃宝山」の炭酸割り
実は世界を見渡しても食事中に蒸留酒を飲む、という習慣はほとんどありません。その点、日本の蒸留酒である本格焼酎は、食事と共に楽しめる唯一ともいえるお酒です。
約15年前頃から起きた焼酎ブーム。その火付け役の1つとして知られるのが、鹿児島県日置市吹上町にある1845年創業の蔵元「西酒造」の芋焼酎「富乃宝山」です。
20~30年前、なかなか本州では受け入れられなかった当時の芋焼酎は、お湯割りで広がる独特の香りがあまり好まれませんでした。
そんな時代に、「西酒造」8代目の西陽一郎さんは東京農大を出て蔵へ戻ってから、従来の芋焼酎のイメージを変えるべく、日々研究を続けていました。その甲斐あって、ほのかな柑橘系の爽やかな香味を感じさせる、まったく新しいタイプの芋焼酎が誕生します。それが「富乃宝山」です。
それまでのお湯割り主体の飲み方から、ロックや水割りで美味しい芋焼酎として世に登場したのです。
原料は、当時は無名だった「黄金千貫(こがねせんがん)」に黄麹菌(きこうじきん)を使った米麹。温度管理が徹底できる冷却タンクで、まるで吟醸酒を仕込むかのように、低温発酵させ、前半は常圧蒸留、後半は減圧蒸留に切り替えるという独自の蒸留法を駆使。毎年、その手法に磨きをかけることで、爽やかさに加え、伸びのある旨みをもった芋焼酎に仕上げていったのです。
もちろん、ロックや水割りでも良いのですが――今回は、とくに「炭酸割り」をお勧めしたいと思います。「富乃宝山」3~4割に対して「炭酸」6~7割でつくってみました。飲み口は非常に爽やかでキリッとしています。
じつは、芋焼酎の炭酸割りは意外に難しく、銘柄によってかなり印象は違ってきますが、比較的クセの強くない爽やかなタイプであれば、大きく外すことはないと思いますが、さて今回のお題料理「鱧の酢のもの」との相性はどうでしょう。
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鱧を食べてから、件の炭酸割りを口に流し込んでみると……おぉ!?
よく焼酎は「料理の邪魔もしないが、引き立てもしない」と言われたりもしますが、いやいやどうして、これは予想以上の相性の良さです。
「富乃宝山」がもつ華やかさが、鱧の味を消さずに、ゆかりの入った土佐酢と相乗効果をもたらして、料理と酒の両方の味わいが丁度良い具合に広がります。トマトのけんちん蒸しともぴったり。なにより驚きだったのは個性の強かった「鱧の子の塩辛」とも難なく合ったことです。
炭酸割りですから、アルコール度数も軽くなり、爽快感あふれる飲み心地に杯も進み、料理も進みます。
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ということで、今回はお題料理「鱧の酢のもの」に3種の異なるお酒を合わせてみましたが、いかがでしょうか。
本命と予想していたのはドイツワインのリースリングだったのですが、それを総合的に上回ったのが芋焼酎「富乃宝山」でした。あらためて、日本の焼酎の懐の深さに感じ入った次第です。
蒸し暑いこの時節、いろいろな焼酎の炭酸割りを、ぜひ食中酒として試してみてください。
文/藤本一路(ふじもと・いちろ)
酒販店『白菊屋』(大阪高槻市)取締役店長。日本酒・本格焼酎を軸にワインからベルギービールまでを厳選吟味。飲食店にはお酒のメニューのみならず、食材・器・インテリアまでの相談に応じて情報提供を行なっている。
【白菊屋】
■住所:大阪府高槻市柳川町2-3-2
■電話:072-696-0739
■営業時間:9時~20時
■定休日:水曜
■お店のサイト: http://shiragikuya.com/
料理/間瀬達郎(ませ・たつろう)
大阪『堂島雪花菜』店主。高級料亭や東京・銀座の寿司店での修業を経て独立。開店10周年を迎えた『堂島雪花菜』は、自慢の料理と吟味したお酒が愉しめる店として評判が高い。
【堂島雪花菜(どうじまきらず)】
■住所:大阪市北区堂島3-2-8
■電話:06-6450-0203
■営業時間:11時30分~14時、17時30分~22時
■定休日:日曜
■アクセス:地下鉄四ツ橋線西梅田駅から徒歩約7分
構成/佐藤俊一
※ 藤本一路さんが各地の蔵元を訪ね歩いて出会った有名無名の日本酒の中から、季節に合ったおすすめの1本をご紹介する連載「今宵の一献」過去記事はこちらをご覧ください。