文/藤本一路(酒販店『白菊屋』店長)
料理とお酒の新しい出逢い、その幸せなマリアージュを求めて――。今回から始まる月1回のこの連載では、旬の食材を使った家庭で作れる季節料理を「お題料理」として、私・藤本一路が日本酒・焼酎・ワインなど幅広い選択肢のなかから、これはと思う美酒と合わせて料理との相性を探ります。
料理のご紹介は、大阪・堂島にある割烹『堂島雪花菜(どうじまきらず)』のご主人、間瀬達郎さんです。いわば“旬の一皿×異酒”格闘技編という試みですが、さて、どんなご報告ができるでしょうか。
記念すべき1回目のお題料理は「桜鯛のあら炊き」です。
「腐ってもタイ」という言葉もあるように、日本人の鯛好きはいまさらいうまでもありません。それも西日本ほど鯛をよく食べるようですよ。因みに、関西圏の魚市場における鯛の入荷量は関東圏の優に3倍。これを人口比率に換算してみれば、西は東の5倍近い消費になります。
“西の鯛好み”の背景には、長く培われてきた「割烹文化」があります。しかも、美味しい鯛が揚がる瀬戸内海が近いことに加えて、京阪は軟水に合った昆布出汁の食文化が発達しました。それが鯛の繊細な白身によく馴染んで、その旨みを引き出してきたわけなのですが、さて――。
3~4月頃から6月にかけて瀬戸内海の内湾の浅瀬に産卵のために集まる天然マダイは、桜のように色鮮やかになることから「桜鯛」の名で呼ばれています。そんな桜鯛のアラを使ったのが、今回のお題になる「桜鯛のあら炊き」です。
鯛とともに煮込まれている野菜は竹の子、牛蒡、玉葱です。そこに針生姜と木の芽があしらわれています。まずは間瀬さんから教えていただいた作り方を紹介しておきましょう。
まず鯛のアラをほどよく切り分け、沸騰したお湯のなかに5秒ほど入れて霜降りにさせた後、取り出して鱗(うろこ)を取ります。次にそのアラと適宜に切った野菜(竹の子・牛蒡・玉葱)を鍋に入れ、酒2に対して味醂0.6~0.8を加えて火にかけます。
沸いてきたら、濃口醤油を0.5~0.6入れ、さらに煮詰めていきます。適度に煮詰まったら、器に盛りつけて、針生姜と木の芽を添えて出来上がりです。味醂と濃口醤油の分量は、お好みの割合でいいとのことです。
さて、この料理にどんな酒が合うでしょうか?
「桜鯛のアラ炊き」に合わせて私が選んでみたのは、次の3種のお酒です。
●日本酒「一博(かずひろ)・純米26BY」
●米焼酎「豊永蔵 超にごり」
●赤ワイン「シャトーカランドロー2000」
では1本ずつ、合わせてみましょう!
■1本目:日本酒『一博 純米26BY』
最初に挙げた日本酒『一博 純米26BY』は、近江商人発祥の地として今も風情ある町並みが観光名所になっている滋賀県東近江市五個荘の「中澤酒造」のお酒です。
じつは中澤酒造はしばらく休蔵になっていました。5代目の中澤一洋さんが、休んでいた実家の酒蔵を十数年ぶりに復活させたのは平成27年のことです。それまでは同じ東近江市の「畑酒造」で蔵人として働き、酒造りを学ぶ傍ら、設備を間借りすることで、中澤さん自身の銘柄『一博』を長年仕込ませてもらっていました。
この畑酒造については、以前の記事(霊山の麓で醸される素朴な旨口酒!滋賀・畑酒造『大治郎 生酛純米生・渡船6号』【今宵の一献 第20回】)のなかでも紹介させていただいています。
さて、私が今回選んだ『一博・純米26BY』は平成26年度、中澤さんが「畑酒造」で仕込んだ最後のお酒です。本来なら、復活なった実家の蔵で仕込まれた28年度のお酒を紹介するべきでしょうが、「桜鯛のアラ炊き」の醤油風味には、2年ほど熟成されて旨みが乗った『一博 純米』のほうがより合うのではと思った次第です。
合わせてみると、もともとの『一博』が持つ甘みと酸が、2年の時を経て十分に馴染み、ほのかな熟成香が、醤油の香ばしさとよく合いました。玉葱の甘みにも同調、わずかな酒の渋みがまた竹の子との相性の良さを感じさ
せてくれました。
■2本目:米焼酎『豊永蔵 超にごり』
さて、2本目は米焼酎の『豊永蔵 超にごり』を選びました。
米焼酎の本場、熊本県球磨郡湯前町に、明治27年創業の蔵元「豊永酒造」があります。この蔵は古くから良質な原料にこだわり続けてきました。創業当時から自社田を持ち、地元の米農家と共にいち早く有機栽培にも取り組んできています。
約30年も前から有機米を使用、40年ほど前からは樫樽貯蔵に取り組むなど、米焼酎の可能性を探り続けてきた蔵元のひとつです。
さて、焼酎は基本的に無色透明であるはずの蒸留酒です。にもかかわらず、「超にごり」とはどういうことでしょうか?
実はこの「にごり」の正体は、高級脂肪酸というもので、原料由来の脂肪分から生成される“旨み”として感じられる油分です。焼酎界では一般的に“フーゼル油”と呼ばれるものですが、(踏み込んで説明するとかえってややこしく長くなりそうなので、)ここは「焼酎の旨みになる油分がある」と知っていただければ十分です。
油分である以上、日が経つにつれて酸化の恐れがあるために、通常はある程度の濾過を行ない、濁らないようにするのですが、濾過し過ぎると今度は旨みも減少してしまいます。焼酎にとっては大事な旨み成分ですし、油分が新酒時の荒さを覆ってくれるという効果もあるために、近年はあえて無濾過で出荷される焼酎も増えてきました。今回の『豊永蔵 超にごり』も、そのひとつです。
米本来の甘みと、油の香ばしくもトロミのある舌ざわりは、ブラインドで飲めば米焼酎とは思わないという人も多いのではないかと思います。
この「豊永蔵 超にごり」をお湯割にして「桜鯛のアラ炊き」と合わせてみました。風味は引き立ちながらもまろやかな味わいで、少し温度が下がったくらいが、料理との相性をよりよく感じられました。優しく引っ掛かりなく飲めて、料理とぶつかる事がないのは、上質な原料米を使っている所以でしょうか。
焼酎単体では、ややインパクトも強いのですが、料理が入ることで食中酒としての良い部分が出てきました。食材個々よりも「あら炊き」全体に酒が寄り添うというイメージでした。
■3本目:赤ワイン『シャトーカランドロー2000』
さて3本目は、フランスはボルドー産の赤ワイン『シャトーカランドロー2000』です。
原料の葡萄はボルドーでよく使われる3品種。爽やかにして滑らかな飲み口のメルロー種を主体に、強い渋味と濃厚な味のカベルネソーヴィニヨンと、渋みがやわらかで素朴な風味のカベルネフランが使われています。
俗にいうバックヴィンテージ品として入荷したワインですが、2000年といえばボルドーの優良年です。すでに17年もの時を経ていますが、優良年の底力でしょうか、枯れきったわけではなく、まだ酸も果実味も十分に感じ取れます。何より広がる複雑な熟成香は若いワインでは出てこない質のものです。
正直なところ、熟成のピークは通り越しています。それでもこの価格帯なら普段飲みにも使える範囲でしょうし、そのコストパフォーマンスが魅力的な一本です。
熟成によって、柔らかくこなれたタンニン(渋み)や果実味、酸がひとつにまとまっていて、角はまったくありません。
じつは今回、選んだお酒のなかでは、何を隠そう、この赤ワインが「桜鯛のアラ炊き」と一番よく合いました。
ワイン自体が強くないので、鯛の味も殺さずに、熟成味は醤油の味わいと牛蒡の土っぽさに、柔らかい果実の甘みは玉葱のそれに、ほのかなスパイシーさは生姜・木の芽などと見事にマッチしました。
* * *
いかがでしたか? 今回の「桜鯛のあら炊き」には意外にも熟成した赤ワインがよく合いましたが、他の2本も負けず劣らずです。先入観にとらわれず、ぜひご家庭でもいろいろなお酒と合わせて、それぞれの相性を愉しんでみてください。
文/藤本一路(ふじもと・いちろ)
酒販店『白菊屋』(大阪高槻市)取締役店長。日本酒・本格焼酎を軸にワインからベルギービールまでを厳選吟味。飲食店にはお酒のメニューのみならず、食材・器・インテリアまでの相談に応じて情報提供を行なっている。
【白菊屋】
■住所:大阪府高槻市柳川町2-3-2
■電話:072-696-0739
■営業時間:9時~20時
■定休日:水曜
■お店のサイト: http://shiragikuya.com/
料理/間瀬達郎(ませ・たつろう)
大阪『堂島雪花菜』店主。高級料亭や東京・銀座の寿司店での修業を経て独立。開店10周年を迎えた『堂島雪花菜』は、自慢の料理と吟味したお酒が愉しめる店として評判が高い。
【堂島雪花菜(どうじまきらず)】
■住所:大阪市北区堂島3-2-8
■電話:06-6450-0203
■営業時間:11時30分~14時、17時30分~22時
■定休日:日曜
■アクセス:地下鉄四ツ橋線西梅田駅から徒歩約7分
構成/佐藤俊一
※ 藤本一路さんが各地の蔵元を訪ね歩いて出会った有名無名の日本酒の中から、季節に合ったおすすめの1本をご紹介する連載「今宵の一献」過去記事はこちらをご覧ください。