吉田兼好(菊池容斎・画 江戸時代)

文/酒寄美智子

鎌倉時代に著された随筆『徒然草』。教科書にも登場するので、「つれづれなるまゝに、日ぐらし硯にむかひて」という冒頭部分をそらんじている人も多いかもしれません。

そんな徒然草を、“古い友と語らうように”味わった人がいます。教職を経て、90歳を超えるまで文筆家や講師として活躍した清川妙(きよかわ・たえ)さんです。

清川さんは、15歳のときから2014年に93歳で亡くなるまで、折に触れて「徒然草」を開いては、作者・吉田兼好を“兼好さん”と呼び、心の中で親しく語らっていたといいます。

そんな清川さんが綴った『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』(小学館)から、清川さんを案内役に、兼好さんの言葉に耳をすませてみましょう。

今回は同書で清川さんが紹介されている兼好さんの言葉から、「最初の一歩を踏み出させてくれる言葉」を2つご紹介します。いくつになっても、新しいことを始めるのにはエネルギーがいるもの。兼好さんはどんなメッセージをくれるのでしょうか?

■1:「人の命は、雨の晴れ間を待ってはくれない」

「徒然草の中で兼好さんが何度も何度も飽きもせずに繰り返していることがある。『思い立ったら時を移さず、すぐに行動に移せ』ということだ。」(本書より)

清川さんがこう話すように、兼好さんは繰り返し「人生は短い。今始めなくてどうする」と語りかけてきます。

たとえば、徒然草の中に出てくる「ますほの薄(すすき)」にまつわるエピソード。

ある雨の日、大勢の人が集まった座で、和歌に使われる二つのことば「ますほの薄」と「まそほの薄」の使い分けが話題に上ったときのこと。誰かが「その違いは摂津・渡辺に住むお上人さまがご存じだ」と言ったところ、その場にいらっしゃった登蓮法師さまが雨の中、その違いを聞きに出かけていった、というお話です。

このエピソードのポイントは、「なにも雨の中に出かけていかなくても」と一同が止めたとき登蓮法師が口にした言葉にあります。清川さんは、こう解説します。

「“人の命は、雨の晴れ間をも待つものかは”。登蓮法師のこの言葉こそ、兼好さんのいいたかった言葉なのだ。明日をも予測できぬいのち。死は背後からそっとしのび寄り、無警戒の人を突き落とす。雨がやむまでも待っておれぬ。いま、この瞬間、一刹那が大事。」(本書より)

人の命は、雨の晴れ間を待ってくれるものであろうか。否、待ってなどくれないのだ。気持ちのよいほどの“兼好さんの生死観”がくっきりと表れるエピソードです。

■2:「一瞬の思いをただちに実行するのは、どうしてこんなに難しいのだろう」

清川さん自身、人生の中で兼好さんの言葉に背中を押された瞬間が何度もあった、と本書の中で語っています。

ご紹介したいのは、清川さんがものを書いて生きていくことを決めたときのエピソード。

清川さんは39歳のとき、それまで勤めていた国語教師の仕事を辞めて自宅で過ごしていました。ほとんどを夫の収入に頼り「ゆるい縄で縛られているような焦燥感」(本書より)にうつうつとしていたとき、一つの決意がわきおこったといいます。

「一歩を踏み出すのだ。ものを書く仕事をもらうために。」(本書より)

じつは35歳のとき、雑誌の依頼で自らの子育ての経験を手記にまとめたことがあった清川さん。そのときのことが突然よみがえり、当時の編集者にすぐに電話をかけました。その日のうちに編集者を訪ねた清川さんは翌日、そのつながりで紹介された別の編集部から原稿を依頼され、「それからなんと50年間、書きつづけている」(本書より)というのです。

そのとき、清川さんの胸に響いた兼好さんの言葉は、こうでした。

「『何ぞ、ただ今の一念において、ただちにする事の甚だかたき。』――第九十二段

目の前にある、その一瞬間の思いを、直ちに実行することは、どうしてこんなにむつかしいのだろう。その思いこそ、すぐ実行に移すべきなのに――。

《ただ今の一念》とは、あるとき、さっと心を走りすぎる《一瞬の光》のようなものかもしれない。意志のこもる手をさしのべて、瞬時にとらえなければ、逃してしまうものなのだ」(本書より)

何かを始めるのに、早いも遅いもない。それよりも、思い立ったその《ただ今の一念》を捉えて生きることのほうが、よっぽど難しく、大切なんだよ――そんな、兼好さんの囁きが聞こえてきそうです。

*  *  *

以上、今回は清川妙さんの著書『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』から、兼好さんならではの「最初の一歩を踏み出す言葉」を2つ、ご紹介しました。

約800年の時を超えて届いた兼好さんの言葉。”人生の師からのありがたい教え”だとちょっと堅苦しいけれど、”古い友からの自戒を込めたメッセージ”だと思えば、ほら、するすると心に届く気がしませんか?

吉田兼好は京都・仁和寺のある双が丘(ならびがおか)に住んだとされ、「徒然草」には仁和寺が舞台のエピソードも多い。写真は仁和寺の五重塔

【参考図書】
『兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれるわたしたちの生きかた』
(清川妙・著、本体1,300円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388183

文/酒寄美智子

 

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