美味へとつながる新技術の開発や食材資源に関わる謎の解明から、歴史や文化の視点まで。大学はさまざま専門的な研究を通じ、新たな「食」の魅力を見つける可能性にあふれている。

養殖生簀内を泳ぎ回るクロマグロ。親も養殖個体である。近畿大学は種苗(稚魚)を野生魚に頼らない完全養殖技術を牽引。

今、世界では鮨や刺身などの日本食が人気となり、健康面でもヘルシーな魚食に注目が集まる。一方、以前は当たり前のように食べられてきた大衆魚が獲れなくなり、日本の食卓から魚がどんどん遠のいている状況がある。

「魚をめぐる国際間の駆け引きが高まっています。ですが、誰もが忘れてはならないことがあります。海の魚は肉や卵と違い、依然として天然資源であることです」
 
こう語るのは近畿大学水産研究所所長の升間主計(ますましゅけい)さん(71歳)だ。近大の養殖研究は、終戦直後の魚不足をきっかけに始まった。

升間主計さん(右)と岡田貴彦さん。海の環境と水産資源の状況が刻々と変わりつつある今「完全養殖の社会的意義はますます高まっている」と口を揃える。

「当初に確立したのは、海で捕獲した稚魚を小割式の網生簀で飼う方法でした。それでさえも試行錯誤の連続でした。最初にハマチ(ブリ)で成功。次いでマダイが軌道に乗りましたが、種苗を天然に頼っているうちは獲る漁業と変わらない。次の目標が稚魚を養殖魚から増やす完全養殖でした」

世界初のクロマグロ完全養殖

沖で採捕された幼魚から育ち、初めて産卵したクロマグロ。最後の個体は23歳まで生き続けた。

平成14年。日本中を驚かせるニュースが駆け巡った。不可能といわれてきたクロマグロの完全養殖に、近畿大学が世界で初めて成功したのである。生簀で成長したマグロが産んだ卵を孵化させ、継代飼育する技術を確立したのだ。

学生時代からプロジェクトに関わってきたのが水産養殖種苗センター長の岡田貴彦さん(68歳)。

「とにかく神経質でデリケート。回遊魚で、しかもあの大きな体です。出荷までに年数がかかりますが、肉食なので餌代もばかになりません。乗り越えなければならないハードルが無数にありました」

昭和45年(1970)の研究開始から55年。完全養殖のクロマグロは、海の未来を守る持続可能な水産物として、世界的な食料品チェーンで扱われるまでになっている。

初期の近畿大学水産研究所の建物。昭和33年。
出荷される近大マグロ。飼料開発が進み、味の評価も定着した。養殖の試みに始まり、完全養殖技術が確立するまでに32年の歳月がかかった。そして今、視野は世界へと広がる。

完全養殖のメリットは、海の天然資源に負荷を与えることなく魚を供給できる点にある。そして、品質も安定していることだという。

近畿大学発のベンチャー企業、株式会社アーマリン近大は、近畿大学水産養殖種苗センターと連携して海面養殖を行ない、種苗や成魚を販売している。

東京・銀座に象徴となる店舗がある。その名も『近畿大学水産研究所銀座店』。ここでは近大卒、すなわち近畿大学から出荷された、様々な魚を味わうことができる。

「近大マグロの扱いやすさは、年中身質が安定していることです。つねに脂が乗っていて天然マグロにありがちな当たり外れがありません。ここでは40kg後半から50kgくらいのサイズを取り寄せています。広大な生簀を自由に泳ぎ回り、警戒心も強いので、水揚げの際は狙った個体の前に餌を投げ入れて釣り上げます」

こう語るのは、料理長の杉村卓哉さん(47歳)。

近畿大学の関連施設で元気に育った(優秀な成績で卒業した)ことを証明する卒業証書。刺身料理に添えられる。

近大マグロは、卵として生まれた日から孵化、成長、餌などの履歴がすべて記録されている。品質保証の証として刺身に添えられてくるのが、上のような名刺サイズの“卒業証書”だ。

近畿大学の名物はクロマグロだけではない。日本のマダイ養殖の土台となった近大マダイは、人工飼料の品質向上もあって今や天然鯛と遜色のない水準の味に達している。

優良系統を作出する研究も

味がよいだけでは産業として成長できない。近畿大学水産研究所では、成長が早い個体同士を交配させたものから、より成長のよい個体を選抜して系統化する育種にも取り組んできた。

シマアジも近大が最初に完全養殖を成功させた魚だ。流通する養殖シマアジの7割は近大卒の種苗から育ったものだという。マグロと同様、脂の乗りが安定していることから引き合いが強い。

ほかにも注目の魚がいる。脂がよく乗るブリと、身の締まりがよいヒラマサを交雑させたブリヒラだ。ハタ科のクエとタマカイを交雑させたクエタマは、先に完全養殖が成功したクエよりはるかに成長が早く、味もよい。クエタマ鍋は冬限定のメニューだが、通販でもすぐに売り切れるという。

SDGsと、食べる楽しみ。どちらの観点でも目が離せないのが進化を続ける完全養殖魚だ。

“近大卒”の俊英たる鮮魚たち

近大マダイ|近大生まれマダイ焼味

完全養殖漁業の先発エースとして評価が高い近大マダイ。
近大マダイの切り身を4種類の焼き味(塩焼き、西京焼き、照焼き、柚庵焼き)に加工したセット商品。冷凍品。10食入り7560円より。

クエタマ|クエタマ鍋

幻の高級魚クエと同じハタ科で成長が早いタマカイとの交雑種。
クエ譲りの上品な味わいと、養殖ならではの安定した脂の乗りで人気が高い。500g(2〜3人前)6800円より。※冬季限定。

チョウザメ|近大キャビア

和歌山の清流水で育てたチョウザメ(ベステル種)の卵を、岩塩のみの非加熱処理でキャビアに加工。一般的なキャビアより塩分控えめで魚卵らしい味わいが満喫できる。10g4320円より。

ブリヒラ|山椒香る 近大ブリヒラ大根ステーキ

ブリヒラは、脂の乗りで定評のあるブリと、張りのある良質な身で人気があるものの、希少だったヒラマサの交雑種。
夜の定番メニュー。香りづけは和歌山県名産のぶどう山椒。1600円。

近畿大学水産研究所銀座店

【昼の人気メニュー】近代握り寿司花籠御膳
近大育ちの選抜鮮魚の握り鮨と、魚を中心とした7種類の前菜のセット。鮨種は手前左から、ブリヒラ、マダイ、シマアジ、クエタマ、マグロ中トロ、マグロ赤身、マグロ鉄火巻き。魚の種類は日によって異なる。4500円。酒は和歌山県産の銘柄が中心。

東京都中央区銀座6-2山下ビル2階
電話:03・6228・5863
営業時間:昼月曜〜土曜11時30分〜15時(最終注文14時)、夜17時〜23時(最終注文22時)、日・祝日17時〜22時(最終注文21時)
定休日:年末年始・不定 席数56
交通:JR新橋駅より徒歩約5分 大阪市内と東京駅構内にも関連店がある。

※問い合わせ:アーマリン近大 電話:0739・42・4116 オンラインショップ https://a-marine-shop.com/

サライ2025年4月号大特集は『「大学」に遊ぶ』

 

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