取材・文/藤田麻希

螺鈿楼閣人物文箱 木胎漆塗 朝鮮・高麗時代 12-13世紀 根津美術館蔵

朱や黒の地に金銀で装飾を施した艶やかな漆器。会席料理では必ず目にしますし、家庭でも正月の屠蘇器やお重、箸やお椀などで親しんでいる方が多いかもしれません。

漆と日本人の関係は思いのほか古く、縄文時代にまでさかのぼります。山形県押出(おんだし)遺跡からは、今から約5500年前、縄文時代前期の漆で文様を描いた土器が出土しています。飛鳥・奈良時代に入ると、随や唐などの大陸の影響を受けるようになり、正倉院宝物の金銀鈿荘唐大刀(きんぎんでんそうからたち)など、蒔絵の源流となる技法で装飾がほどこされた作品も登場します。その後も、中国の技術を日本流にアレンジしたり、日本風のモチーフを増やしながら、独自の漆芸文化が展開しました。

そんな漆に着目した展覧会《はじめての古美術鑑賞 漆の装飾と技法》が、東京の根津美術館で開かれています(~2018年7月8日まで)

聞いたことのあるもののわからないままにしがちな、「蒔絵」「螺鈿」「蒟醤(きんま)」「彫漆」等々の漆芸にまつわる技法を、作品の実物、しかも名品を見ながら学ぶことができます。この展覧会を担当した、同館学芸員の永田智世さんは次のように説明します。

「この展覧会では、日本の代表的な装飾技法である蒔絵に、5章分のスペースを割いてご紹介しています。蒔絵は、字義的には蒔いて絵を描くことです。蒔絵筆に漆をとって文様を描きます、その上に粉筒というものを用いて金粉を蒔きます、そうすると、漆を描いたところだけに金粉が残ります。漆の接着力の強さを有効活用した技法です。

蒔絵という言葉はよく知られておりますし、皆様、黒い漆の地の上に金で絵が描かれている、というイメージはお持ちかと思いますが、意外と詳しい所までは知られていないのではないかと思います。今回の展覧会では、蒔絵がどのようなものであるか、そして蒔絵にどのような種類があるのかも詳しくご紹介しております。

たとえば、重要文化財の《春日山蒔絵硯箱》に用いられている技法を9つピックアップしまして、その技法に対応する作品も展示しています」

春日山蒔絵硯箱 木胎漆塗 日本・室町時代 15世紀 根津美術館蔵

春日山蒔絵硯箱(部分拡大)

とくに、蒔絵の技術が最高潮に達した江戸時代につくられた「百草蒔絵薬箪笥」は、驚きの作品です。阿波蜂須賀家のお抱え蒔絵師・飯塚桃葉が手がけた、薬剤とそれにまつわる器具をおさめる箪笥です。

百草蒔絵薬箪笥 飯塚桃葉作 木胎漆塗 日本・江戸時代 明和8年(1771) 根津美術館蔵

外見も十分豪華なのですが、蓋裏の蒔絵が圧巻です。さまざまな種類の蒔絵粉の濃淡で、97種の薬草が絡み合う様子が精密に表されます。しかも、そのそれぞれに、わずか1ミリほどの大きさで薬草の名前が書かれています。粘り気のある漆で描き分ける技術力、多くの要素を破綻なく平面に表した構成力は並大抵のものではありません。

百草蒔絵薬箪笥(文字拡大)

漆の技法を頭に入れておくと、作る工程や努力を想像することができ、作品をより楽しむことができます。この機会に、漆について学んでみるのはいかがでしょうか。

【展覧会概要】
企画展 はじめての古美術鑑賞
漆の装飾と技法

会期:2018年5月24日(木)~7月8日(日)
会場:根津美術館
東京都港区南青山6-5−1
電話番号:03-3400-2536
http://www.nezu-muse.or.jp/
開館時間:10:00~17:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

 

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