取材・文/藤田麻希
「鬼退治」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、皆さんご存知の「桃太郎」ですが、ほかにも日本には鬼退治の物語が存在します。桃太郎に次いで有名なのが酒呑童子です(呑の字は、天、伝、典、顛と書くことも)。
昔、大江山(あるいは伊吹山)から、都に出て、女性をさらい、財宝を奪う酒呑童子という鬼がいました。帝の命を受け、源頼光が、家来の四天王と、藤原保昌を従えて、山伏の姿に変装し、酒呑童子を退治しに山へ入ります。道に迷ったと一夜の宿を求めて童子の屋敷に入り込み、童子に酒を勧め、酔いが回ったところを切りかかり、成敗するというお話です。
南北朝時代には既に成立したといわれており、謡曲、御伽草子、絵巻物、古浄瑠璃、能や歌舞伎などの題材となって、広く普及しました。
そんな酒呑童子の絵巻物を見られる展覧会が根津美術館で開催されています。この展覧会の出品作品は、さまざまな時代に描かれた「酒呑童子絵巻」、3点です。展覧会で絵巻物が展示されていても見られるのは一場面ということがしばしばありますが、この展覧会は、わずか3点で構成されていることもあり、一つの作品をじっくりと堪能することができます。
展示作品のなかでもっとも古いのが、16世紀に描かれた上の「酒呑童子絵巻」です。素朴な画風で、怖いはずの鬼の寝顔が、なぜか笑っているかのように描かれ、面白いです。
こちらは、17世紀に描かれた、伝狩野山楽筆と伝わる「酒呑童子絵巻」の一場面です。童子の住む屋敷の庭は、春夏秋冬の草花がすべて咲いている不思議な庭です。藤、卯の花、萩、紅葉、雪の積もった松などが、一つの庭に同居しています。
住吉弘尚という、やまと絵系の画家が描いた「酒呑童子絵巻」は、ほかの2作品が3巻本だったのに対し、8巻もあります。前半の4巻を使って、通常の酒呑童子には表されない、童子の生い立ちを説明するプロローグが描かれているのです。上の場面は、のちに酒呑童子となる子供が、宮中の祝い事のために、踊りを奉納している場面です。真っ赤な鬼の面をつけて、中央右寄りで踊るのが童子です。じつは童子は3歳の頃から酒を飲み始めた、とんでもない酒豪。この後、褒美として天皇から酒が振る舞われ、禁酒していた童子が酒を口にし、暴力を奮い、事態は展開していきます。
こちらがクライマックスの場面。泥酔した酒呑童子に、源頼光の一行が襲いかかっています。首から血飛沫が飛び散り、切られた首が宙を舞い、頼光の頭部をガブリ。しかし、頼光は八幡神、住吉明神、熊野権現の化身からもらった特別な兜をかぶっていたために助かります。
この展覧会を担当した、根津美術館学芸部長の松原茂さんは、次のように企画の意図を説明します。
「現代では、酒呑童子という名前は聞いたことがあっても、内容までは人に説明できない人が多いかもしれません。今回の展示は、ぜひ皆様に内容を覚えていただきたい、と思って企画しました。肩肘をはらず、絵本を見るように楽しんでいただければ良いと思います」
今後も、能や歌舞伎など、さまざまなところで酒呑童子の話と接する機会はあるはずです。この展覧会で酒呑童子について、学んでみるのはいかがでしょうか。
【企画展 酒呑童子絵巻 鬼退治のものがたり】
■会期:2019年1月10日(木)~2月17日(日)
■会場:根津美術館
■住所:〒107-0062 東京都港区南青山6丁目5−1
■電話番号:03-3400-2536
■公式サイト:http://www.nezu-muse.or.jp/
■開館時間:10時~17時(入館は午後16時30分まで)
■休館日:毎週月曜日[ただし1月14日(月・祝)、2月11日(月・祝)は開館、翌1月15日(火)、2月12日(火)は休館]
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』