文/鈴木拓也歴史と文化を知ることで将棋はもっと面白くなる|『教養としての将棋 おとなのための「盤外講座」』いわゆる「藤井七段効果」で、近年まれに見るブームを迎えた将棋。2019年も、木村一基九段が史上最年長で初タイトルを獲得し、羽生善治九段は通算1434勝を得て、これまでの公式戦最多勝利記録を塗り替えるなど、大いにファンを沸かせる1年であった。

将棋界の「今」は非常にホットで、将棋を指さない者同士でも酒席はその話題で盛り上がるくらいだが、教養・文化としての将棋を、われわれはどれほど知っているだろうか?

知らないでも特段困らないかもしれないが、知ることで将棋への関心をより深め、より楽しめるようになるのは、文学や芸術と一緒。分厚い専門書でなく、もっとライトに文化としての将棋の側面がわかる新書が刊行されているので、紹介したい。書名は『教養としての将棋 おとなのための「盤外講座」』(講談社)という。

本書は、複数の著者が各人の専門分野に基づき、将棋について書き下ろしたアンソロジーの体裁をとっている。梅原猛氏と羽生名人の対談から、考古学的考察、数理的な分析、駒の製作など内容の裾野は広いが、通読すると将棋の歴史のあらましが掴めるようになっているのがポイントだ。

■奈良時代に将棋はあったか

チェスの例を挙げるまでもなく、将棋と似たルールのゲームは世界中に存在する。その源流とされるのが、古代インド発祥の「チャトランガ」だという。

チャトランガは、8×8の盤面で王や象など5種類の駒を動かすもので、形を変えながら、東方へと伝播し、最終的に日本へ伝わったものとされている。

本書の著者の1人で考古学者の清水康二さんは、将棋が日本に伝来した時期ははっきりとわからず、平安時代か奈良時代かで論争が続いていると記す。

確実なのは、平安時代後期に藤原明衡(あきひら)が著した『新猿楽記』に「将棊(しょうぎ)」が登場しており、少なくともこの頃には存在していたことがわかる。それ以前の文献には見当たらないことから、平安時代に伝わったというのが主流の見解。

一方で奈良時代伝来説をとる人たちは、まず庶民の間で普及したから記録としては残っていないと主張する。
どちらが正しいかを巡っては「双方の論者がやや感情的になり、そのために議論の進展が停滞してしまう」こともあったという。

清水さんは、奈良時代に将棋があったという説には「無理があるのではないか」と考えているが、はたして…?

■日本の将棋だけが持ち駒を使う謎

羽生名人は対談の中で、他国の将棋系ゲームにない日本独自のルールとして、相手から取った駒を再び使える「持ち駒」がある点が「非常に特殊」だと語る。このルールのせいで、日本の将棋は終盤戦が激しくなるが、チェスなどだと逆に駒数が少なくなるせいで、静かに決着がつくパターンが多いという。

なぜ日本だけがという疑問に対し、対談相手の梅原氏は、戦(いくさ)に負け死んだ頭領の祟りを恐れる日本独特の怨霊思想が、かかわっているのではないかと指摘する。

祟りを恐れるがゆえに、勝った親分と敗者の子分が一緒になって、負けて死んだ親分の怨霊を祀ります。そうすることで、敗者の子分は後ろめたさを感じることなく勝者についていくことができる。生き残った者が一体になれるのです。日本には古来、そういう考え方がありました。将棋にもこの思想が入ってきたのではないかという気がします。(本書74pより)

ただ、このルールがいつ導入されたのかは不明だという。

■駒づくりの今を担うのはアマチュア出身

現在販売されている将棋の駒の値段は、プラスチック製のごく安価なものから、数十万~数百万円の超高級品もあり、まさにピンキリだ。

むろん、将棋の駒にも将棋と同じだけの歴史があるが、木でできた駒は腐ってしまうため、発掘されたものは非常に少ない。

現存する最古の駒は、興福寺(奈良県)旧境内に出土したもので、製作されたのは平安時代。作りは粗雑で、僧侶か役人が手慰みに自作したもののようだが、当時も貴族階級が好みそうな高級品があったはずだと考えているのは、執筆者の1人で駒師の熊澤良尊さんだ。

平安期より時代は下るが、安土桃山時代に能筆として知られた公卿、水無瀬兼成の製作した駒は「徳川家康をはじめ当時の歴史をリードした高名な武将たちがこぞって手にした超高級品」であったと熊澤さんは述べている。その書体「水無瀬」は今も愛好家に人気が高い。

ところで、意外にも駒の製作自体は難しくないのだという。熊澤さんは会社員時代の30歳頃に天童市で職人が実演製作しているのを見て「これなら自分でもできそうだ」と思い、実際に作ってみたところ、3か月くらいで第一号を完成させたという。もちろん試行錯誤はあったが、プロにほめられ、その作品は中原誠名人と加藤一二三九段の記念対局で使用されたというからあっぱれだ。

おそらく、熊澤さんには天賦の才能があったのだと推察するが、熊澤さんの音頭により趣味で駒づくりを始める人が増え、いまや駒職人の9割はアマチュア出身というから驚く。将棋の駒の現代史は、そういう人たちに支えられているのだ。

*  *  *

将棋は、本質的に勝負事だから、指す方も観戦する方も「勝つか負けるか」のみに意識が向かいがちになるが、歴史を含めた教養的な視点だと、また異なった景色がそこにあることに気付く。本書はその手掛かりを与えてくれるだろう

【今日の趣味が楽しくなる1冊】
『教養としての将棋 おとなのための「盤外講座」』

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000318882

(尾本恵市編、本体880円+税、講談社)

『教養としての将棋 おとなのための「盤外講座」』
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。

 

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