睡眠薬の長期服用リスク「ダウンレギュレーション」とは|薬を使わない薬剤師 宇多川久美子のお薬講座【第12回】「先生、睡眠薬をいつまで飲んだら治りますか?」

先日、よく眠れないという50代の女性からこんな質問をされました。
「ハルシオンを飲んでいるのですが、いつまで飲んだら不眠は治りますか?」

ハルシオンはとてもポピュラーな睡眠導入剤のひとつです。私は「睡眠薬を飲み続けたからといって不眠症は治りませんよ」と答えたかったのですが、その方の思い詰めたような表情を見て答えに詰まりました。この女性のように睡眠薬・睡眠導入剤を飲みつづけていれば不眠が治ると思っている人は決して少なくないと感じます。しかしこれは非常に大きな勘違いです。

睡眠薬を飲みつづけても不眠症は治りません。睡眠薬というものは脳神経に作用して、いわば強制的に人を眠りにつかせるもので、不眠を治すものではないからです。睡眠薬に限らず、すべての薬は対症療法に過ぎない。この女性にも、まずここを理解してもらう必要があると思いました。

副作用には身体依存と精神依存の2つがある

睡眠薬・睡眠導入剤の副作用のひとつに依存があります。依存には身体依存と精神依存の2つがあり、ここは区別して理解しておく必要があります。

身体依存は、薬の服用が長くなることで、薬を増量しなければ効果が出なくなる「耐性」の問題。服用をやめると(休薬)、心身にさまざまな不調が出る「離脱(禁断症状)」の問題があります。睡眠薬は医師の指示に従って休薬することが鉄則です。しかし指示通りにしても、休薬したら眠れなくなった、不眠症状が悪化したという訴えはよく聞かれます。不眠症状以外にも、強い不安、肩こり、頭痛、筋肉痛、発汗などの症状が現れることもあります。

そのため睡眠薬の長期に及ぶ使用、多剤処方には注意が求められます。その注意が徹底されない現状から、日本では2014年から「1回の処方において、3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、4種類以上の抗うつ薬または4種類以上の抗精神病薬を処方した場合、原則的に診療報酬を減額する」という罰則ができ、実質的に睡眠薬・睡眠導入剤は1回に2種類までしか処方できなくなりました。また、1回に処方できるのは「30日分まで」という決まりもあります。

ところが日本の病院、クリニックでは、患者が1か月後に受診して同じ薬を望めば、案外簡単にまた30日分処方されることがしばしばです。そのため日本には「デパスを3年飲んでいます」「ハルシオンを10年飲んでいます」という人が存在します。

このような長期服用が身体依存の原因になります。

ダウンレギュレーション現象によるダメージ

向精神薬系の、神経伝達物質に作用する睡眠薬・睡眠導入剤を長いこと飲んでいると、同じ物質が脳内にたまってきます。その物質が作用するすべての受容体に結合してしまうと、作用が強くなりすぎてしまいます。

そこで体はどうするかというと、受容体の数を減らして作用を弱めようとします。これが「ダウンレギュレーション」という現象です。受容体が減れば、次に同じ種類の薬が入ってきても反応が鈍くなるため、もっと強い薬に変えるか、増量するかということになります。

ダウンレキュレーションによるダメージはもうひとつあります。向精神薬系の薬は脳内の神経伝達物質のGABAに対して作用します。GABAは不安をやわらげリラックスさせる働きを持ち、睡眠モードに導いてくれる物質です。これの受容体がダウンレギュレーションしてしまうとどうなるか。GABAの作用が低下します。すると不安感が強くなり、ますます眠りにくくなってしまうと考えられます。

精神依存はどんな安全な薬でも起こり得る

冒頭の「ハルシオンを飲んでいますが、いつまで飲んだら治りますか?」と質問する女性の話を続けます。彼女に「不眠の症状はいかがですか?」と尋ねると、「薬のおかげで眠れています」と答えます。彼女は主治医からも、そろそろ薬を減らしていこうと勧められているのですが、「薬を減らして、眠れなくなるのがこわい」のだと言います。ここに睡眠薬の精神依存が見られます。

彼女からすれば、セカンドオピニオンが欲しい気持ちで私に尋ねたのでしょう。睡眠薬は主治医の指示に従うのが原則、基本です。そのうえで私が感じるのは、「薬のおかげで」と思っている以上はやめるのは難しいだろうということです。
こうした精神依存は薬の効果の強弱とは関係なく起こり得ます。

宇多川久美子(うだがわ・くみこ)

薬剤師、栄養学博士。一般社団法人国際感食協会理事長。健康オンラインサロン「豆の木クラブ」主宰。薬剤師として医療現場に立つ中で、薬の処方や飲み方に疑問を感じ、「薬を使わない薬剤師」をめざす。薬漬けだった自らも健康を取り戻した。現在は、栄養学や運動生理学の知識も生かし、感じて食べる「感食」、楽しく歩く「ハッピーウォーク」を中心に薬に頼らない健康法をイベントや講座で多くの人に伝えている。近著に『薬は減らせる!』(青春出版社)。

構成・文/佐藤恵菜

 

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