文・写真/陣内真佐子(グアム在住ライター/海外書き人クラブ)
広大な太平洋に浮かぶマリアナ諸島の中のひとつ・常夏の島グアムには、CRB(Coconut Rhinoceros Beetles)という名のバイオタイプのサイカブトムシが生息している。
体長5cm前後と大きく、その名の通りサイのように太く短い1本ツノを頭に持つ昆虫である。
東南アジアから輸入された貨物に紛れてグアムにやってきたCRB
日本でカブトムシといえば、高値で取引されることも多い昆虫の王様的存在だが、グアムでは島民から忌み嫌われている。
なぜなら、CRBは米国農務省動植物検疫局(USDA-APHIS)と米国農務省森林局(USFS)がグアム政府に財政支援をし、根絶計画に乗り出すほど甚大な被害をもたらす害虫だからだ。
外来侵入種であるCRBは、世界中の人々を震撼させたあのアメリカ同時多発テロ事件のちょうど6年後の2007年9月11日、タモン(Tumon)湾に隣接するファイファイ(FaiFai)ビーチではじめて発見された。
彼らの上陸経緯は不明だが、東南アジアからの貨物船か民間機で輸入された貨物に紛れて島に入って来たのではないかと言われている。
怖ろしい増殖スピード・卵から卵までの1世代期間はたった5.8か月 !!
グアムをはじめハワイやタヒチなど南の島をイメージする時に誰もが真っ先に思い浮かべる存在であるココナッツの木は、古代チャモロ民族が栄えた時代から飲食料や衣類をはじめ、薬としても崇め用いられてきた大自然からの贈物でグアムの公印(Guam Seal)にもデザインされている。
CRBの成虫はそのココナッツの木のてっぺんに棲みつき、維管束を喰い荒らして樹液を吸い、葉をV字形にかじり、その根元へ穿孔し、ココナッツの木をスッカスカにして枯死させてしまう。
そして、メスがその廃木に産卵するのだ。
グアム大学の昆虫学博士オーブリー・ムーア(Aubrey Moore)によると、メスは成虫してから寿命を迎えるまでの5〜10か月ほどの間に120個前後の卵を産下し、約10日間で孵化した幼虫は2度の脱皮で老熟し、3〜4週間ほどのサナギ期を経て羽化する。
「卵から卵までの1世代期間はたった5.8か月」というから怖ろしい増殖スピードである。
そして、幼虫の発育最適温度は27~29度だというから、グアムは彼らにとって年2世代の繁殖にぴったりマッチした、暮らしやすい島なのかもしれない。
絶滅の危機に瀕しているグアムのココナッツの木
そのCRBの生命力は幼虫成虫ともに極めて強く、グアムで使用が認められている農薬や殺虫剤がほとんど効かない。そのため地道な駆除方法が採られている。
さて、それがどんな方法かお分かりだろうか。
(1)ココナッツの木の近くに生えている別の木の枝に、CRBの好きな合成フェロモンの餌をつけた罠(バケツ)を仕掛け、その臭いに誘われてバケツに飛び込んだ彼らを駆除する方法で、バケツの中には垂直に飛び上がることが出来ない彼らの習性を利用し、十字に組まれた板が取りつけられている。
まるで「◯◯◯◯ホイホイ」のような仕組みである。
(2)テッケン(Tekken)というチャモロ民族が使う魚捕り用の小さな網を堆肥の山に仕掛け、成虫を絡めとり捕殺する方法。
(3)シぺルメトリン(Cypermethrin)という化学薬剤を隔週、幹の先端部に噴霧する方法。
(4)CRBの生息環境を破壊するOrNv(オリクテス・ライノセラス・ヌディウイルス)の分離株やメタリジウム・マジュス(Metarhizium majus)ウイルスを使用する方法。
この中で一番有効なのが、(2)のテッケン網を用いる方法、時点が(3)の薬剤による制御方式だそうだ。
だがいずれも手作業のため効率が悪く、(1)のホイホイ方式はほとんど功を奏していない。
それ以外にも、探知犬を使って幼虫の生息地を探し出す方法などが採られたが、費用がかかり過ぎるため数年で取りやめになったそうだ。
また、(4)のバイオウイルス方式はまだ研究段階である。
過去にマレーシアやパラオでCRBによる大被害を収束させたケースがあり、彼らの生息環境を破壊したウイルス・OrNvの親株をニュージーランド政府の研究機関であるAgResearch NZから輸入し使用してみたが、彼らが耐菌性を持ってしまっていたためまったく効果がなかった。
そしてそれ以来、CRBはグアムバイオタイプ・CRB-Gと呼ばれるようになり、オアフ島、ソロモン諸島などに侵攻を続けている。
一説に、CRBの被害は侵攻開始後の数年間が最も激しく、10年以上経過した地域ではその被害が急激に終息していく傾向にあるという。
グアムでもCRBの成虫が散発的に見られるまで防除された時期があったが、2015年5月、13年ぶりに近海で発生した大型台風ドルフィン(平成27年台風7号)によって島内の軍用地やジャングルに野積みされたココナッツの枯死木や堆肥の山が彼らの繁殖地となってしまった。
そしてそこで増殖を再開した彼らの繁殖は今なお活発であり、島内各地でCRBによる壊滅的な打撃を被っているココナッツの木の全滅は時間の問題とまで言われている。
まるで第二次大戦後、島に潜り込み、グアムの島鳥・ココ(Ko’ko’)バードを 野生絶滅(EW=Extinct in the Wild)に追いやったブラウンツリースネーク(ミナミオオガシラヘビ)のように。
そのような状況から今、グアムではこのバイオタイプのカブトムシの根絶計画が最優先に考えられている。
だが一方で、地球温暖化などの影響により今後も森林生態系に大きなダメージを与えるような害虫の侵入が懸念されており、彼らの侵入を水際で未然に防ぐための管理体制の確立・強化が急がれているのだ。
USDA-APHIS, PPQ(米国農務省動植物検疫局・グアム分室)
Plant Inspection Station
17-3306 Neptune Avenue
Tiyan, Guam 96913
Phone: (671) 475-1427
Western Pacific Tropical Research Center(グアム大学西太平洋トロピカルリサーチセンター)
ALS Bldg., College of Natural & Applied Sciences
UOG Station
Mangilao, Guam 96923
Phone: (671) 735-2084~5
文・写真/陣内 真佐子(グアム在住ライター)
東京都生まれ。1996年3月からグアム在住。2005〜2011年グアム旅行で困った際に使えると評判の英語・チャモロ語・日本語に特化した旅行会話本3冊を上梓。2010年に政府公認ガイド資格を取得。その知識を活かし、2015年からは大手旅行情報誌のグアム特派員としてブログ活動をこなしながら、他にも雑誌やWEBなど数多くの記事執筆や翻訳活動をしている。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。