文/池上信次

第8回ジャズマンはなぜみんな同じ曲を演奏するのか?(4)~「ジャズに名曲なし」の真実

ジャズマンはなぜみんな同じ曲を演奏するのか?(4)~「ジャズに名曲なし」の真実

これまで、本稿ではジャズを楽しむためにぜひ知っておきたい「スタンダード曲」の成り立ちを、「なぜジャズマンはみな同じ曲を演奏するのか」という視点で説明してきました。これは、スタンダード曲という「同じ土俵」で個性を表現するというジャズの大きな特徴のひとつを表わしているのですが、もちろんすべてのジャズマンというわけではなく、なかには「違う曲」=「自分だけの曲」で勝負するジャズマンもいます。

これはポップスの「持ち歌」的なものと考えていただければいいのですが、「持ち歌」は(作詞作曲家と演奏者は必ずしも同じではありませんが)、曲と演奏者のイメージが不可分です。ジャズでもこれと同様に、特定ジャズマンのイメージと曲がセット(ジャズの場合は多くが自作自演)で認識されている曲がたくさんあります。

「持ち歌」を演奏するにあたっての、ポップスとジャズの大きな違いは、ジャズではそこにアドリブ演奏も入ってくることです。ジャズでは曲のメロディを演奏しないでアドリブだけを演奏するものがあると以前の回で紹介していますが、逆にポップスのように曲のメロディだけを演奏して完結ということはほとんどありません。基本的にジャズマンは作曲家ではなく演奏家であるというスタンスなのですね。

これは、楽曲の魅力より演奏が優先されるともとれますが、ジャズマンの「自作自演」は「同じ曲」の勝負どころに、さらに作曲での個性表現が加わることになるのですから、より個性を発揮できる=優れたジャズ演奏となる可能性があるわけです。いわば「見せ場」「聴かせどころ」が増えるのですね。しかしながら、ジャズでは一般に演奏の大部分はアドリブのパートで構成されますから、よほど印象に残る「名曲」でなければ、またそれはアドリブ・パートと密接に連係していなければ、聴かせどころは「同じ曲」となんら変わらないものになってしまうのです。

ジャズに名演はあるが、名曲はない

「ジャズに名演はあるが、名曲はない」という、ジャズ・ファンにはよく知られた格言があります。これは、日本のジャズ評論の草分けである野川香文の著書『ジャズ楽曲の解説』(1951年)の中の一節(の大意)です。誤解されがちですが、これはアドリブこそがジャズの最大の魅力であるということを強調して表わしている部分であって、けっして楽曲の魅力を否定したものではありません。ジャズでも名曲は存在します。名曲であれば、ジャズはもっと面白くなるのです。言い換えれば、名曲でなければ「自作曲を演奏すること」が必ずしもよいジャズ演奏に結びつくとは限らず、優れた作曲家で、かつ優れた演奏者だけが、それをプラスにできるということなのです。

その代表格のひとりが、現在全国公開中の映画『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』(※)も話題のビル・エヴァンス(ピアノ/1929〜80)です。エヴァンスは、ジャズ・ピアノの新しいサウンドや画期的なピアノ・トリオ・スタイルを作り出し、「エヴァンスがジャズに与えた影響はこの先100年続く」(同映画より)といわれるほどのジャズの巨人です。しかしその音楽には難解なところはなく、ジャズを初めて聴く人であっても、すぐにその魅力を感じることができるでしょう。その理由のひとつが、「エヴァンス名曲」にあるといえます。エヴァンスは多くのスタンダード曲を演奏する一方、デビュー時からオリジナル曲も録音し、生涯に60曲以上を残したと映画の中でも語られています。中でも「ワルツ・フォー・デビイ」は、名曲中の名曲として、現在も多くのジャズ・ファンに愛聴されています。

曲名の「デビイ」は、作曲当時2歳のエヴァンスの姪の名前。そのかわいらしい姿が想像できるような軽やかなメロディはとても魅力的ですが、じつはこの曲は、さまざまなジャズ的な仕掛けが施された難曲でもあるのです。まさに、聴きやすくてしかも奥深いというエヴァンスのスタイルを象徴する曲といえるものです。エヴァンスは生涯にわたってこの曲を何度も演奏、録音しました。また「名曲」ゆえに、現在ではスタンダード曲としても認知されています。次回はこの「ワルツ・フォー・デビイ」の名演を紹介します。

※映画『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』
多くの関係者のインタヴューで構成された、ビル・エヴァンスの生涯を追ったドキュメンタリー。
監督:ブルース・スピーゲル/2015年アメリカ映画/公開中
http://evans.movie.onlyhearts.co.jp/

ビル・エヴァンス『ワルツ・フォー・デビイ』(リヴァーサイド)
エヴァンスは多くの「ワルツ・フォー・デビイ」の録音を残していますが、代表的なのはここに収録のヴァージョン。まずはこれをお勧めします。

エヴァンスは多くの「ワルツ・フォー・デビイ」の録音を残していますが、代表的なのはここに収録のヴァージョン。まずはこれをお勧めします。

演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、スコット・ラファロ(ベース)、ポール・モチアン(ドラムス)
録音:1961年6月25日

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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