文/印南敦史

『定年後は「写真」に凝って仲間をつくろう』

『定年後は「写真」に凝って仲間をつくろう』(福田徳郎著、亜紀書房)の初版が発行されたのは1999年11月なので、すでに約20年の歳月が経過していることになる。

しかし、熟年初心者を対象として、カメラ道具の選び方から被写体別の撮影法、写真という趣味が長続きする秘訣までを解説したその内容には、時代に左右されることのない普遍性が備わっている。

著者は、大学卒業後に入社した朝日新聞東京本社において、出版写真部長、編集委員などを務めてきたという人物。定年退職後は講師などをするかたわら、フリーカメラマンとして活動している。ちなみに本書執筆時は63歳だったという。

この本は、読んでたちまち写真がうまくなるというような結構な本ではありませんし、ノウハウを満載している便利な指導書でもありません。(中略)
写真を趣味とすることで、あなたの歩んできた人生の来し方行く末に思いを馳せてほしい。索漠(さくばく)とした世の中ながら、少しでも心豊かな生活が送れるようお役に立てたら幸いであるーーという気持ちで書き下ろした“写真生活”のガイドブックでもあります。(本書「まえがき」より引用)

それはともかく素人が最初にぶち当たるのは、「なにを、どう撮ればよいのか?」ということではないだろうか? そういう「撮影以前のこと」について真面目に考えすぎてしまうからこそ、結局は「やりたい気持ちはあるのに、やらないまま」になってしまったりするわけだ。

しかしそんな人も、「映像で身辺の日記をつける気分で」撮影すればいいという著者のアプローチは新鮮に感じるのではないだろうか。しかもそれは、年齢を重ねるほど有意義なものになるのだそうだ。

30歳、40歳、50歳、60歳代と人生の歳月を重ねてくると、そういう経験を経たものでないと見えてこないものがあるのです。その、若造には見えず、あなただけにしか見えていないものに“老春”のカメラを向けるのです。(本書21ページより引用)

そして、格好の被写体を見つけることができるのが「家庭」だという。いままでは仕事が忙しく、見向きもしなかった日常の風景を写し撮ればいいということ。たとえば、妻が夕餉につくった一皿の料理などを撮ってみてもいいわけだ。

「ふーん、上手にできたねえ、うまそうだ。ちょっと写真にしよう」
とご主人のあなたがいえば、奥さんは「こんなお皿じゃ恥ずかしいわ」とかいって、盛りつけに工夫をしたり、ちょっと派手目のお皿を新調したり、惰性で作っていた料理にも工夫を凝らすきっかけとなるのです。(本書21〜22ページより)

いまの時代、レストランなどに出向いたとき、スマホで料理を撮影する人は少なくない。それと同じことを家庭内で、それもスマホではなく、きちんとした撮影機材を使用して楽しんでしまおうということである。

もちろん、ただ撮るだけでもそれが習慣になれば楽しくなっていくだろう。しかし、アイデア次第で、その楽しみはいくらでも広がっていきそうだ。

丼ものが得意な奥さんには、お昼のたびに違った丼ものを作ってもらい、丼ばかりを同じアングルで、機会あるごとに撮影しておくと、やがて私家版の「丼もの写真大全」ができるし、他人が見ても、味覚談義で盛り上がること間違いなしでしょう。(22ページより)

つまり、決まりのようなものはないのだ。なにしろ目的は、自分自身が楽しむことなのだから。事実、著者が見てきた限り、「本人はごく日常的な生活をしているのに、写す写真は新鮮で感動的なショットばかり」というケースも少なくないのだという。

写真でなにかを表現する際に重要なものは、被写体(写したいもの)から受け取る感動。それがなければ、ピーンと画面いっぱいに感動が張り詰めたいい写真は撮れないということだ。

違った表現を用いるなら、画面から撮影者の受けた感動が伝わってくるような写真、それが日常生活のメリハリを表現することのできる写真の醍醐味だということである。

だから妻の手料理を撮るのでもいいし、飼い猫を撮り続けるのも悪くないかもしれない。あるいは、愛車をさまざまな角度から撮影してみるというアイデアもあるだろう。

とにかく、撮ってみればいいのだ。

著者も「長く続くテーマを見つける」ことの重要性を説いているが、自分のための写真撮影である以上、決まりはないに等しい。本書を読んでいると、そのことを強く実感できる。

だからこそ、「写真に興味はあるんだけど……」とモヤモヤした思いを抱えている方は、ぜひ本書を手にとってみてほしいと思う。読み終えたときにはきっと、背中を押されたような気分になっているだろうから。

その気持ちが、スタートラインになるのだ。

『定年後は「写真」に凝って仲間をつくろう』

福田徳郎著

亜紀書房

定価 : 1,500円(税別)

1999年11月発売

『定年後は「写真」に凝って仲間をつくろう』(福田徳郎著、亜紀書房)

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

 

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