秀吉(演・池松壮亮)に抱かれて登場する三法師(演・清水伊織)。(C)NHK

ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第30回は織田家の跡目と遺領の配分を協議する「清須会議」が描かれました。この会議は2013年に三谷幸喜監督による映画『清須会議』が制作されたくらいですから、歴史ファンも関心の高い案件なのだと思います。

編集者A(以下A):信長は7年前に織田家の家督を嫡男信忠に譲っていました。そのため厳密には、上様と呼ばれていた天下人織田信長の後継者と、織田家の家督であった信忠の後継者を分けて考えないといけないところだと思います。

I:今さらですが、会議はなぜ、清須城で行なわれたのでしょうか。

A:信長の居城は「清須城」→「小牧山城」→「岐阜城」→「安土城」と移転を繰り返しました。このうち、安土城は「本能寺の変」後に天主や御殿が焼失していました。美濃は情勢不安だったともいわれていますし、もともと織田家の本拠であった清須で行なわれることになったのではないでしょうか。『豊臣兄弟!』の時代考証を担当している柴裕之先生の著書『清須会議 秀吉天下取りへの調略戦』(戎光祥出版/以下『清須会議』)によれば、三法師が在城していたということが大きかったようです。

I:なるほど。柴裕之先生の『清須会議』は2018年の刊行ですが、最新の知見が盛り込まれていると思われます。『豊臣兄弟!』のストーリーはこの本に準拠しているという感じになるのでしょうか。

A:大まかなところは準拠していますが、お腹の調子が悪くて座を外したなど、ところどころ従来の『川角太閤記』のエピソードをつまみながら構成しています。関心のある方はやっぱり『清須会議』を手にとってほしいですね。

22年前の桶狭間合戦は清須から出陣した

「清須会議」前夜の会合。(C)NHK

I:かつての織田家の拠点清須城に宿老たちが集うというのは、やっぱり感慨深いですね。

A:思えば、桶狭間合戦(1560)は清須城から出陣しています。あれから22年。当時、羽柴秀吉は、木下藤吉郎を名乗る中途入社の新入社員。柴田勝家や丹羽長秀は課長~部長クラスの武将ということで、歴然とした身分差がありました。22年の時を経て、秀吉は柴田勝家、丹羽長秀らと頭を並べる織田家重臣として清須城に「凱旋」したのです。

I:秀吉からすれば「凱旋」でしょうが、勝家や丹羽長秀はどのような思いで清須会議を迎えていたのでしょう。22年前は家臣団のトップにいた佐久間、林といった人たちは追放されてしまいましたし……。ところで、清須の表記ですが、現在、愛知県清須市にあるお城の表記は「清州城」で、新清洲駅があったりして混在しています。

A:戦国期の史料には「清須」「清州」と両方の記載が見られ、どちらも正しいといわれています。かつて、清須市のホームページには、清洲城天守閣常設展示の表記について、「古くは〈清須〉の表記が多く後に〈清洲〉の表記が多くなっています。(中略)そこで、慶長15年(1610)の『清須越』を境目に清須越以前を〈清須〉、〈清須城〉と表記し、それ以降の宿名、町名を〈清洲〉と表記しています」とありました。それを参照して当欄記事では「清須城」「清須会議」と表記することにしています。

宿老と織田家との関係

この時点で織田家との結びつきが他の重臣たちより弱かった柴田勝家(演・山口馬木也)。(C)NHK

I:さて、前編(https://serai.jp/hobby/1278941)では、過去の大河ドラマ作品のハチャメチャな「清須会議」を振り返りましたが、『豊臣兄弟!』の「清須会議」に戻りたいと思います。

A:過去作品との大きな違いは、会議の前に三法師(演・清水伊織)が家督を継承することが大前提だったということです。『豊臣兄弟!』では、会議で決するのは三法師が成人するまでの「名代」を誰が務めるのか、ということでした。「筋で言えば一門衆筆頭の信雄様だが……」という認識を持ちながら、すんなりといかないのが「組織」というもの。小一郎(演・仲野太賀)は丹羽長秀(演・池田鉄洋)の肩をもんだりして、宿老たちの思惑を引き出そうと奔走します。

I:兄秀吉(演・池松壮亮)が会議の主要メンバーとはいえ、小一郎をどう立ち回らせるかは制作陣の腕の見せ所。1996年の『秀吉』のように小一郎(演・高嶋政伸)まで会議に参加させるという演出は取りませんでした。その代わりに与えられたのが「情報収集任務」なんですね。翌日の清須会議に備え、今晩、信雄(演・山脇辰哉)、信孝(演・結木滉星)抜きで、家臣たちが話し合う場も設定されました。前夜の重臣たちの集まりでは、秀吉がいきなり、「柴田殿がいいと思う」と言い出しましたね。「柴田殿の力強さ、池田殿の虚を捨て、実を取る性分、丹羽殿の慎重に見極める目利き、わしの調子の良さ……これらが合わされば、何者にも勝る後見役として、三法師様をお支えすることができましょう」「我ら皆でやりませぬか」と。

A:さらに秀吉は「わしには上様より授かった秀勝がおりまする。丹羽殿の奥方は上様のご親族、池田殿は上様と乳兄弟の仲じゃ……となれば、柴田殿にも織田家とより深いつながりを持っていただくほうが良いかも知れぬ」「柴田殿、お市様を娶られよ」と勧めるのです。ちなみに丹羽長秀の正室が信長(演・小栗旬)の庶兄信広の娘で、信長の養女になって丹羽長秀に嫁いでいます。ふたりの間に生まれた丹羽長重には、信長の娘が嫁ぐように生前の信長によって決められていました。

I:織田家と丹羽家は強固な縁戚関係があったのですね。

A:池田恒興(演・堀井新太)は、実母が信長の乳母を務めたことで、「乳兄弟」になります。これも強固な関係になります。中世では、『平家物語』で有名な木曽義仲と今井兼平主従も乳兄弟として知られています。

I:そういわれると、確かに柴田勝家(演・山口馬木也)だけは織田家との関係が希薄なんですよね。

【次ペー時は「秀吉発言は理想論か?」「秀吉発言がお市を動かせたのか?」「本能寺の変直後に挙兵した安藤守就」】

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