文/池上信次
クリスマス・ソングは、本来の意味を考えれば「季節限定」楽曲なのですが、優れたジャズ演奏であれば、それは季節に左右されない「スタンダード曲」として楽しめます。そうはいっても「クリスマス・アルバム」としてクリスマス・ソングをまとめて録音・発表されることがほとんどですから、演奏する側も「季節もの」としての意識の方が強いのが実際のところでしょう。やはり、クリスマス・ソングは「ジャズ」の前にクリスマスのイメージ強く出てしまうのですね。そんな中で、クリスマス・ソングを季節に関係なくアルバムに録音しつづけたジャズマンがいます。
その名はビル・エヴァンス(1923〜80)。エヴァンスはモダン・ジャズ・ピアノ・トリオの革新的なスタイルを開拓したことで知られ、エンターテイメントとは無縁のシリアスなイメージがありますが、クリスマス・ソングの代表格「サンタが街にやってくる」を何度も録音しているのです。前回はこの楽曲と、トリオ編成で演奏されたヴァージョン(『トリオ’64』)を紹介しましたが、そのほかに3ヴァージョンもあり、いずれも「スタジオ録音」というのですから、ライヴで「シーズンなのでやってみました」というのとは取り組み方が違うのですね。
(1)ビル・エヴァンス『ザ・ソロ・セッションズ Vol. 2』(マイルストーン)
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)
録音:1963年1月10日録音
「サンタ」の最初は1963年録音の『ザ・ソロ・セッションズ Vol. 2』で、ソロ・ピアノで演奏しています。最初に発表されたのは、エヴァンスの死後、84年にリリースされたボックス・セット『コンプリート・リヴァーサイド・レコーディングス』(リヴァーサイド)ででしたが、これがのちに1枚のアルバムとしてまとめられたのがこのアルバムです。録音当時は発表はされませんでしたが、エヴァンスの最初のソロ・ピアノ・アルバムとして録音されました。このときエヴァンスはすでにレコード会社の移籍が決まっており、残っているアルバム契約消化のためのセッションでした。ということもあり、プロデューサーはエヴァンスに曲の指示は与えず、自由に弾かせたといいます。じつはここでの演奏は暗い重い演奏ばかり。ソロ・ピアノですから感情がストレートに出ると考えると、まあ、そういう気持ちだったのでしょう。その中でエヴァンスが選んだ1曲が「サンタ」でした。しかもクリスマスが終った新年というタイミングにもかかわらず、です。これだけは明るく、ほかの演奏からはまったく浮いています。「サンタ」でエヴァンスは少しでも自分を高揚させたかったからかもしれませんね。
(2)『ワルツ・フォー・デビイ』(フィリップス)※CDボーナス・トラック
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ、ヴォーカル)、チャック・イスラエルズ(ベース)
録音:1964年8月24日
その次が前回紹介した、同年末に録音されたトリオ編成による『トリオ’64』(ヴァーヴ)です。録音が12月なので、という理由も推測できるにしても、クリスマス・アルバムではないにもかかわらず演奏しているのは珍しいといえるでしょう。そして次は64年録音の、モニカ・ゼタールンド(ヴォーカル)とのアルバム『ワルツ・フォー・デビイ』(フィリップス)です。これも死後に発表されたボーナス・トラックなのですが、おしゃべりとともにピアノを弾いてなんと歌っているのです。途中からベースも加わって、「テイク2やっちゃうよー。テープ回して」と2テイクも! まあ、おふざけではあるのですが、もしかしてマジかも、と思わせる瞬間もあったりするほどのいい味を出してます。しかも真夏。好きなのでしょうね。
(3)『続・自己との対話(ファーザー・カンヴァセーション・ウィズ・マイセルフ)』(ヴァーヴ)
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)
録音:1967年8月9日
さらには67年の『続・自己との対話』でも。このアルバムはエヴァンスが2重録音で作った作品。エヴァンスの多重録音アルバムはこの前にも後にもあるのですが、これはジャズでは「特別な試み」であり、つまり注目作品にあえてこの曲をもってくるとは! ふたりのエヴァンスがノリノリで「サンタ」を弾きまくっています。しかもこれも真夏の録音。
(前回も触れましたが)この曲は、クリスマスの信仰とは関係ないポップスで、曲想もジャズにはない明るさに満ちています。シリアスなイメージのあるエヴァンスですが、じつはお茶目なところもあることを見せたかったのでしょうか。いや、それだけならここまで演ることもないですから、この曲が大好きということなのでしょう。2ヴァージョンは未発表だったとはいえ、エヴァンスがスタジオで4回も録音しているのはこの曲だけなのです。理由はどうあれ、「サンタ」は、どんな曲でもジャズにしてしまうというエヴァンスの姿勢、実力がわかる格好の例といえるでしょう。
※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。
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文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。