文/山本益博
日本人が一生のうちで最も使う道具と言えば、「箸」ではないでしょうか?ところが、その「箸」についてよくご存じの方があまりに少ないのが現状です。
大人の箸の寸法は七寸五分と江戸時代に決まりました。七寸五分と言えば、約25センチ弱で、肘をついてくるぶしあたりまでの長さです。この長さの箸を上手に扱えば、1時間使っていても手や指が疲れることはありません。子供の箸や駅弁の短めの箸を15分も使っていると、指の付け根あたりが痛くなってきます。寸法、長さというのはとても大事なことなんですね。
「箸」という字は竹へんに人という意味です。本来の「箸」の長さは、七寸五分の2倍、一尺五寸ありました。約50センチ弱、随分と長いですが、てんぷら屋の職人さんが使っている竹製の長い箸がそれです。
このてんぷら屋さんが使っている箸だけが「箸」と呼ばれるもので、あとは、「菜箸」「塗り箸」「割り箸」などと必ず名が添えられています。
日本料理屋さんで使われる、両端が細くなっている箸は、俗に「利休箸」と呼ばれていますが、食事中に両方を使い分ける方を見たことがまずありません。
じつは、使わないほうの箸の端は、神様が使うという意味があるのですね。私は、日本料理でお椀が出てきたとき、「神様ごめんなさい」と心で詫びて、箸の向きを変えます。なぜなら、料理人が心血を注いだお椀の大事なお出汁を、お椀以前の料理の味がついた箸で汚したくないからなんです。
ところで、箸の置き方ですが、私たち日本では、手前に横にして置きます。箸の国として先輩の中国、台湾では縦に並べます。ナイフ・フォークも皿の両脇に縦に置きます。おそらく、手で取り扱いやすいようにという実用性から生まれた配置ではないでしょうか。
じつは、日本の場合、箸は扇と同じく「結界」の意味があり、箸の向こう側は「神様」の領域、手前側は「人間」の領域なんですね。料理を調理する際、日本人は「神様」に捧げる意識で作り、「神様」が召し上がってから、箸をとり、結界を外して、料理をいただくわけです。
伊勢神宮では、千年以上前から、毎日朝夕2度、外宮の豊受大神(とようけのおおみかみ)が内宮の天照大神(あまてらすおおみかみ)のために食事を用意し、前日から禊を済ませた神官が運びます。その食事を用意する際、初めにすることと言えば、「箸」を置くことから始めるのだそうです。
わが国では、「箸」は実用性ばかりか、精神性も有しているのですね。