文/中村康宏
神奈川県で進められている「未病(Me-byo)」対策プロジェクトや、安倍政権が新たに打ち出した「介護予防」など、予防医療に関するニュースをよく耳にするようになりました。では、なぜ今、予防医学が必要とされ、国家戦略的に重要視されているのでしょうか?
その背景には、日本の医療環境が抱える深刻な問題があったのです。今回は、そんな日本の医療制度が抱える3つの問題点を解説し、これからの医療の流れについて解説します。
■世界に誇れる日本の医療制度だが……
今の日本の医療制度は、世界的に見ても非常に高いレベルにありますが、何より世界に誇るべき点は「医療へのアクセス」でしょう。実は、これが国民の健康に与える影響は極めて大きいのです(※1)。
日本では、誰でもどこでも平等な医療を受けられます。さらに、公的な「かかりつけ医」制度がないため、自分で自由に病院や医師を選ぶことができる「フリーアクセス」が保証されているのも特徴です。患者さんはかかった医療費の一部負担を求められますが、月ごとの高額負担を軽減する「高額療養費制度」もあり、比較的安価に医療を受けることができます。
これらの点から、医療へのアクセスは世界で最も高水準であると考えられ、これが今日の長寿社会を可能にした大きな原動力の一つです。この世界に冠たる医療制度の、どこに問題があるというのでしょうか?
■問題点その1:医療費・社会保障費の確保が難しくなりつつある
日本では、医療や年金・介護などの財源となる「社会保障制度」は基本的に賦課方式を採用しています。これは、いま現役の人が払い込んだお金を、現在の医療に支給する仕組みです。そのため、少子高齢化による人口構造の変化に伴い、この制度を維持できる社会保障費の確保が難しくなっていきます。厚生労働省の推計によると、年金を含む社会保障給付費総額(自己負担は除く)は、2025年に150兆円に迫る見通しで、社会保障制度を維持していくには給付と負担のバランスの見直しが喫緊の課題となっています(※2)。
■問題点その2:保険医療で「予防」はほとんどカバーされていない
また、日本の医療保険制度のもとでは、提供される医療サービスは「診断」と「治療」にほぼ限定されており、予防や維持期へのサポートはほとんど整備されていないのが現状です。実際に、予防医学へは、医療費全体のほんの数%程度しか使われていません(※3)。
今後、医療費が増加していくことを考えると、このままでは予防医学や維持期の医療サービス拡大は期待できないでしょう。
■問題点その3:日本の医療が作った「世界一の寝たきり大国」
わが国の高齢者医療を取り巻く状況を端的に示すキーワードは、「寝たきり」と「社会的入院」です。
寝たきりとは一日のほとんどをベッド上で過ごしている状態とされ、厚生労働省の推計によると、寝たきりの高齢者やその予備軍は、2025年には約490万人に達すると考えられています(※2)。寝たきりは、病気や障害によって必然的にもたらされるものではなく、「寝かせきり」がいちばんの原因であることが指摘されています(※4)。これは高齢者に対する適切な介護やリハビリテーション、介護人員が不足していることを反映しているものと考えられます。
寝たきりの患者がほとんどいないとされるデンマークでは、介護施設の入居者より介護職員の数の方が多く存在します。人員不足の日本と、マンパワーで勝るデンマークの医療・介護サービスを比較すると、質・量ともに差は歴然としています。日本で寝たきりが増えてしまうのは至極当然の結果なのです(※5)。
また、社会的入院というのは、医学的には入院の適応がないにも関わらず、社会的理由(家で経過を見るのが心配、ケアする人が近くにいないから、などの理由)により長期入院を続けたり入退院を繰り返す状態です。これは病院の介護施設化を招くだけでなく、医療費増大や寝たきり助長・増悪に加担しています(※4)。
■これからの日本人が求められること
予防医学という考え方については、日本の医療制度・医療提供者・患者の全てにおいて世界と遅れをとっています。しかし、上に述べたような問題点から、これからは全員が「予防」を嫌でも意識しなくてはいけない時代がやってきます。
超高齢化社会が進むにつれて、これらの問題はさらに顕在化し、その結果、個人に責任が向けられることは必然です。つまり、「自分の命は自分で守る」ことを皆が自認し、自分の健康を見つめ直すことを余儀なくされるのです。
外国に目を向けて見ると、実は30年以上も前から高齢者の医療費の増大を予想し、予防医学を国策として取り入れている国があります。公的医療保険が存在しないアメリカでは、病院に行くと非常に高額な医療費がかかるため、予防意識が徹底され、病院に行くまでの医療サービスが充実しています。その最たるものがサプリメント/健康食品であり、日本の市場規模(1兆5000万円)と比べるとアメリカは10倍以上に達します(※6)。また、介護状態に至るまでの様々な予防サービスが各居住エリアに存在し、まさに「アクティブシニア」でいるためのサービスが充実しています。
さらに、アメリカ医学会は「食」「ストレス」「運動」「環境」にフォーカスを当てた「ライフスタイル医学 」を推進しており、患者さんだけでなく医療者の教育にも力が入れられています(※7)。
「自立」して「健康」に「長く」生きることを目的とすると、予防意識をあげる必要があります。そして、これからはアメリカのように、病院に行く前段階や、介護予防のための医療サービスが発展してくると考えられます。それらを積極的に活用し、保険診療で足りない部分は自ら補っていく必要があります。
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以上、今回は日本の医療制度が抱える3つの問題点を解説し、今後の医療のトレンドについて解説しました。
日本の医療制度は素晴らしい面もありますが、抱える問題も山積みです。今後は日本も、個人の責任が問われる時代となります。日本の医療制度や病院を過信した「病院に定期的に通っているから安心」という考えは捨てて、「自分の命は自分で守る」という意識を徹底し、自ら健康を守る対策を講じるべきでしょう。
健康長寿は予防の賜物であり、病気になってからでは手遅れです。あなたなら、何から始めますか?
【参考文献】
1.Global Health Disparities: Closing the Gap Through Good Governance. 2011.
2.厚生労働省
3.Expenditure on public health and prevention, 2003
4.日老医誌 2000; 37: 523-527
5.生活衛生 1991; 35: 213-27
6.日本栄養・食糧学会誌 2017; 70: 91‒9
7.Perm J 2018; 22: 17-25
文/中村康宏
関西医科大学卒業。虎の門病院で勤務後New York University、St. John’s Universityへ留学。同公衆衛生修士課程(MPH:予防医学専攻)にて修学。同時にNORC New Yorkにて家庭医療、St. John’s Universityにて予防医学研究に従事。