文/中村康宏
そもそも、どのようにして病気になるのか考えたことはありますか? 病気になる人の体質の問題でしょうか? それとも、生活習慣が問題なでしょうか?
答えは両方です。私たちのカラダは、単なる細胞の集合体ではありませんので、遺伝子そのものの特徴に加え、遺伝子や分子の異常をもたらす生活習慣や生活環境も考慮しなければなりません。これらに加え、外部環境とカラダをつなぐ役割を果たす5つの要素が、カラダ全体を束ねる調節、免疫、老化に影響を与え病気の発症・増悪に大きく関係すると注目されています。
今回は、効果的な病気予防のヒントについてお話します。まずは病気の成り立ちから解説して行きましょう。
ほとんどの病気は遺伝子と環境の両方が原因で発症する
生活習慣病をはじめとする多くの疾患は、遺伝要因と環境要因の両方が寄与する「多因子疾患」と呼びます。多因子疾患では複数の遺伝子が少しずつ発症に関与し、しかも患者によって保有する発症関連遺伝子の組み合わせが異なります。
例えば、糖尿病やがんなどがあげられ、複数の遺伝子に偶然起こった変異の蓄積が、最終的にがんや糖尿病といった病気へとつながるのです(※1)。
実は「病気」になるまでには長い時間がかかる
検査では、異常があるか、ないか、ということが意識されがちですが、実は病気や異常の発見は、白か黒かの2択ではないのです。
実は、病気になるまでは長い連続した過程があり、検査で見つかるのはその過程の後半にすぎません。このことは、年齢を重ねると病気が増えてくることからもわかりますね。
以下の図は、公衆衛生学で有名な「病気の氷山理論(Iceberg Concept of Disease)」と呼ばれる病気の概念です(※2)。
インフルエンザや肺炎などの急性炎症・感染症を除くほぼ全ての病気は、ある日突然発症したり診断されるわけではなく、小さな異常が積み重なって異常が指摘されるようになります。
ここで注目していただきたいのは、氷山として見えている部分、つまり病気と診断されたり検査で異常が見つかるのはほんの一部だということです。異常を指摘されていなくても、隠れているリスクは思っている以上に大きいことを肝に銘じてください。本当に病気を予防したければ、異常として現れていない段階から予防・介入する必要があります。
それでは、目に見えない異常はどのように引き起こされ、その原因は一体何なのでしょうか?
目に見えない異常がカラダに及ぼす影響
カラダは、外界の物理的刺激や化学的刺激に反応して適応行動をとります。そのために、増殖因子やホルモンなどを介して細胞間の情報のやりとりが行われ、この情報をもとに、細胞周期の制御にかかわる遺伝子(p53遺伝子など)がコントロールされたり、細胞機能が調節されています。
これがうまく行かないと、DNAの突然変異を引き起こし、発がんや生体の老化を引き起こすことがわかってきました(※3)。
外部環境とカラダをつなぐ5つのメカニズム
外部環境とカラダをつなぐ役割を果たす5つの要素が、病気の発症・増悪に大きく関係すると注目されています。それらは、「糖化反応」「酸化ストレス」「慢性炎症」「腸内環境」「自律神経」の5つです。
これらがカラダに影響を与えるメカニズムはそれぞれで異なりますが、相互に共有している部分も多く、相加相乗的に影響を与え合っています。それぞれ簡単に見ていきましょう。
(1)糖化反応
糖化反応、食事などから摂った余分な糖質が体内のたんぱく質などと結びついて、細胞などを劣化させる現象です。これは老化現象と密接に関連していて、肌のシワやシミ、筋肉の劣化などを引き起こします。さらに、動脈硬化やアルツハイマー病などの多くの病気との関連も指摘されています(*4)。
(2)酸化ストレス
酸化ストレスが体に及ぼす悪影響は多岐にわたり、高血圧、炎症、動脈硬化、シワやたるみなどの老化現象、がん、アルツハイマー病などの脳神経疾患、ぜんそくなどの呼吸器疾患、白内障、心疾患、脂肪肝などの消化器疾患などなど、様々な病気の発生や増悪に中心的な役割を果たしていると考えられています(*5)。
(3)慢性炎症
アレルギーや肥満の状態では、脂肪組織や肝臓などで慢性炎症が生じていることがわかっています。慢性炎症によって細胞内で誘導される酸化ストレスによりDNA(テロメア)の損傷が起こると、細胞老化が始まり、生きた細胞の成長と分裂が止まるため、体内の組織が再生し、自己修復する能力が制限されます。これは、老化と内臓機能低下を招き、糖尿病やがんなど様々な病気を引き起こします(*6)。
(4)腸内環境
腸内環境は食事を通して外部環境と体内をつなぐ入り口であり、その役割は非常に重要です。腸内環境を改善することで、老化抑制、感染抵抗性の増強、整腸作用、免疫を活性化させる作用、発癌リスクの低減……などなど、これまで考えられなかったような効果が確認されています(*7)。
(5)自律神経
自律神経は外部環境にカラダをうまく適応させる“クッション”のような働きを持ちますが、自律神経のバランスが崩れると病気の発症やそれらの経過に大きく影響を与えることは臨床的に広く認められています(*8)。
以上、病気の成り立ちと、病気の発症・増悪に大きく関係する5つの要素を解説しました。着目すべきは「これらへは予防介入が可能」という事です。効果的に介入する事で病気になる確率を低くしたり、そのリスクを先延ばしにすることができる可能性があります。
抗酸化食品を多めに摂る、便通を整える、など「糖化反応」「酸化ストレス」「慢性炎症」「腸内環境」「自律神経」のキーワードを頭に入れて生活習慣を改めてみてください。
【参考文献】
※1.Nature 2012; 491: 119-24
※2.Oxford University Press, 2002
※3.Environ Mutagen Res 2005; 27: 101-10
※4.Gerontology 1991: 37; 152
※5.Redox Biol 2014: 2; 535‒62.
※6.Nature Communications 2014: 5. doi:10.1038/ncomms5172
※7.日内会誌. 2015; 104: 29-34
※8.化学と生物 2013: 51; 160-167
文/中村康宏
関西医科大学卒業。虎の門病院で勤務後New York University、St. John’s Universityへ留学。同公衆衛生修士課程(MPH:予防医学専攻)にて修学。同時にNORC New Yorkにて家庭医療、St. John’s Universityにて予防医学研究に従事。