文/中村康宏
今、アメリカでは「ライフスタイル医学」が注目を浴びています。聞きなれない医学分野かもしれませんが、今後の医療の中核を担う医学と考えられています。
その背景には、世界的に長寿社会となり、生活習慣と病気が切り離して考えられなくなってきたという状況があります。このことは、アメリカでも日本でも変わりません。
そこで今回は、この新しい医学分野「ライフスタイル医学」とは何か、そしてハーバード大学のライフスタイル医学研究所が推奨する「日常生活で実践すべき10のポイント」について紹介します。
■ライフスタイル医学とは?
まずもって「ライフスタイル医学」は、寿命/健康寿命を延ばし、できるだけ長く健康で、病気や障害を最小限にし、生活の質を向上させることを目的に掲げています(※1)。そして主に「慢性疾患」と呼ばれるがんや心臓病、脳卒中、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、糖尿病、高血圧、脂質代謝異常症などの生活習慣病を取り扱います。
これらの疾患は、単独で病気を起こすというよりは、いくつかの病気が並存し、相互影響することで徐々に病状が進んでいくという経過の長い病気です。このような疾患の特性上、従来型の診療科ごとに縦割り意識が強い医療提供モデルでは、適切かつ効果的な医療提供が難しいと考えられるようになってきました。そうして登場し発展しつつあるのが、横断的な診療科である「ライフスタイル医学」なのです。
「ライフスタイル医学」には、従来のように病気の“治療”にスポットライトを当てるのではなく、むしろ“予防”に重点を置く医療であるという特徴があります。「ライフスタイル医学」ではこの観点から、サプリメントや行動変容のアプローチを用いて、健康的な食事、適度な運動、ストレスマネージメント、生活環境の改善を行います。
■ライフスタイル医学が重要になる3つの理由
今後、世界的にこの「ライフスタイル医学」が重要になっていくことは明らかです。それには大きく3つの憂慮すべき状況があります。
(1)慢性疾患の増加:現在、死因の約80%が慢性疾患によるもので、さらに先進国においては病院受診の60~70%が生活習慣病などの予防できる病気に関するものなのです(※2)。
(2)逼迫する医療費:限られた医療資源を効率的に活用するためには、病気の発症・進展に関する生活習慣要因の重要性が、もはや無視できなくなっているのです(※3)。
(3)生活習慣の悪化:慢性疾患の80%以上は予防できるとされており、これらを引き起こす「不健康な生活習慣」が問題視されるとともに、生活習慣改善への関心が高まっています(※4)。
このような状況を打破するためには、医療提供者のカウンセリング能力、問題を抽出する能力、指導力などの技術・能力を向上させる必要があります(※5)。
アメリカ医師会では2012年から、科学的根拠に基づいたライフスタイル医学による介入を「慢性疾患治療の第一段階」として位置付けており、15項目にわたる能力修得を全ての医師に求めています。さらに、ハーバード大学、スタンフォード大学、イェール大学などの大学では、すでに医学部のカリキュラムに取り入れられています(※4)。
■今日から実践!ライフスタイル医学が提唱する10の生活習慣
ハーバード大学のライフスタイル医学研究所では、研究成果の一つとして「日常生活で実践すべき10のポイント」を推奨しています。ひとつずつチェックしてみましょう。
(1)リラックスを定期的に行う:瞑想やリラックス療法は体の中からのリラックス効果を引き上げ、実際に大脳皮質の厚さを増やします(※6)。リラックス効果に加えて、加齢による脳の萎縮を予防することができるのです。
(2)脂肪は減らす:お腹の脂肪細胞はただの組織ではありません。ホルモン分泌を行う“臓器”です。脂肪細胞はホルモン分泌を行い、食欲をコントロールしています。もし、あなたに脂肪がたくさんついているなら、これを取り除かなければいけません。
(3)食事法に囚われることをやめる:多く存在する健康食事法にとらわれる必要はなく、あなたが実践できる食事法を見つけましょう。適度なタンパク質と最小限の炭水化物、多くの野菜を食べることを心がけましょう。
(4)少しの減量が多大な効果をもたらす:5-10%の体重を落とすことで、糖尿病になるリスクを58%も下げ、平均寿命を伸ばします(※7)。
(5)最初の段階でできるだけ痩せる:ゆっくり持続的に痩せるよりも、最初にたくさん減量できればできるほど、体重がさらに減り維持できる確率が高まることが統計的にわかっています(※8)。
(6)毎日少しでも運動する:運動は万病を治す最強の薬です。運動には、早死、心臓病、乳がん、脳卒中、大腸がん、肥満、糖尿病などの罹患率を減らすことができると科学的に証明されています。さらに運動には、うつ病の罹患率を低下させる、脳の働き(認知機能)を活性化する、寝たきりを防ぐなどの役割があることがわかっています。まず、毎日歩くことから始めましょう(※9)。
(7)昼寝よりも夜の睡眠を重視する:昼寝を推奨する情報はよく耳にしますが、もしすでに不眠症であれば、昼寝をしてパフォーマンスをあげようと考えない方がいいかもしれません。多くの場合、夜の睡眠時間や質の問題を抱えており、根本解決を優先すべきです。
(8)認知行動療法を実践する:認知行動療法は、睡眠薬なしでできる最高の不眠症治療であり、短期的にも長期的も効果的な方法です。多くの医療提供者はこの効果に気づいていないので、認知行動療法を薦められることもあまりありませんが、オンラインプログラムなどで不眠症改善の糸口がつかめるかもしれません(※10)。
(9)スクリーンを見る時間を減らす:テレビや他のスクリーンを見ている時間は睡眠時間を減らし、肥満になるリスクを増やすと多くの研究で明らかにされています(※11)。
(10)生活の中にセルフケアを取り込む:セルフケアがおろそかになると燃え尽き症候群になり全ての意欲を失ってしまい、うつ病や不眠症になってしまうこともあります。生活習慣の中にセルフケアを取り込みましょう(※12)。
以上、今後ますます重要になるであろう医学の新分野「ライフスタイル医学」と、すぐに実践できる生活のポイントを解説しました。
これまでは、生活習慣と病気の関係は重要であるにも関わらず、漠然と「当たり前のこと」と捉えられ医療者も患者さんも意識して取り組んできませんでした。しかし今後は、病気になるまでの行動・環境にも科学的にアプローチし、予防していく流れができていくことでしょう。
ライフスタイル医学では患者さんの能動性・治療参加が求められます。まずはご紹介したような日常生活で簡単にできることから始めてみましょう。
【参考文献】
※1 Perm J 2018; 22: 17-25
※2 Medical Journal of Australia 2009; 190: 143-5
※3 CDC
※4 Scientific World Journal 2013:129841. doi: 10.1155/2013/129841
※5 アメリカ医師会
※6 Soc Cogn Affect Neurosci 2013; 8: 27-33
※7 Diabetes Care 2011; 34: 1481-6
※8 Int J Behav Med 2010; 17: 161–7
※9 Schizophr Bull 2017; 43: 546–56
※10 Harvard Health
※11 BMC Public Health 2015: 442. doi: 10.1186/s12889-015-1793-3
※12 Psychol Health Med 2015; 20:353-62
文/中村康宏
関西医科大学卒業。虎の門病院で勤務後New York University、St. John’s Universityへ留学。同公衆衛生修士課程(MPH:予防医学専攻)にて修学。同時にNORC New Yorkにて家庭医療、St. John’s Universityにて予防医学研究に従事。