文/中村康宏
日本の社会保障制度が直面する大問題
日本では、医療や年金・介護などの財源となる「社会保障制度」は基本的に賦課方式(ふかほうしき)を採用しています。これは、いま現役の人が払い込んだお金を、現在の医療に支給する仕組みです。
そのため、少子高齢化による人口構造の変化に伴い、この制度を維持できるだけの社会保障費の確保が難しくなっていきます。
厚生労働省の推計によると、年金を含む社会保障給付費総額(自己負担は除く)は、2025年に150兆円に迫る見通しで、社会保障制度を維持していくには、給付と負担のバランスの見直しが喫緊の課題となっています。
日本の公的医療保険の仕組み
日本は1961年に国民皆保険を導入し、以後、すべての国民が公的な医療保険に加入することが義務付けられています。この医療保険のおかげで、医療機関で診察や治療を受けても医療費の全額を払うのではなく、医療費の自己負担割合は1~3割となっています。
その他、月に約10万円を超える医療支出があった場合、それ以上は全額保険がカバーしてくれるという高額療養費制度や、出産育児一時金などの恩恵を受けています。
この保険料は、社会保険料と税金によって賄われています。これらは累進課税といって年収が高くなるにつれ納税額・保険料が上がります。高額所得者(おそらく年収1000万円以上)は100万円以上の社会保険料を収めていますし、納税額も考慮すると、かなりの額が医療保険に回っていることになります。
公的保険が適用される医療費はそれぞれの医療行為について、厚生労働省が価格(診療報酬)を決めており、全国どこの医療機関で診察や治療を受けても同じ価格なのです。この公定価格を2年に1度見直し、実需に応じた予算配分が試みられています。
しかし、現実はうまくいっていません。高齢化社会を迎え医療費の上昇に歯止めがかからず、さらに医療技術の進歩で医療行為の単価が上昇しており、1人当たりの医療費が増加し続けているのです。
海外の医療保険に見られるディダクタブルとは
海外に眼を向けると、アメリカなどの医療保険は、自分の持病、ライフスタイルによって保険の種類が選べるのが特徴です。そして同じ保険でも異なる「Deductible(ディダクタブル)」というものが設定されており、それによって保険加入の値段が変わります。
ディダクタブルとは、保険会社が被保険者に医療費を支払い始める前に、被保険者がまず支払わなければならない額をさします。言葉で伝えようとするとややこしいので、車の車両保険の「免責額」をイメージしてもらうとわかりやすいと思います。
車の保険をかける時、免責額0円の車両保険にすると保険料が跳ね上がりますね。そこで、車を修理したい時「5万円を支払う」とすれば保険料がリーズナブルになります(つまり、免責額を5万円にするということ)。
もし擦り傷ができて、それを直すのに2万円しかかからないのであれば、保険に頼らず自分で直した方が安いですね。一方、窓が割れました、という場合、修理に50万円くらいかかります。その場合5万円払うことで、残り全額保険会社が補償してくれるのでお得です。このように、加入時に選択肢があり、実際補償を受ける時も選ぶことができるのが特徴です。
この「補償を受ける前に5万円を支払う」という「免責額」に当たるのが「ディダクタブル」です。一年に一回も病院にかかりません、という人は、例えばディダクダブルを20万円に設定しておくと保険料が半分以下になります。一方、体調に不安がある、追加で払いたくない、という人はディダクタブルを低く設定(0円も可)することができます。すると、風邪薬をもらうだけでも気軽に病院にかかることができます。
このように海外の保険には「選択肢」があり「自由」があります。
新たに登場したある海外医療保険の衝撃
ある国で、日本に住んでいても入れる医療保険が登場しました。しかも、全世界の大病院での入院加療をカバーしているにも関わらず、安いのです。さらに、これらは入院の際の個室料金もカバーしてくれますし(日本の保険制度では実費です)、受診毎に〇割負担というのはありません(ディダクタブルのみ)。
その医療保険の主な特徴は下記の通りです。
・居住国のみならず、希望する国の主な病院で治療が可能
・カバーするエリアによって保険料が変わる(アジアだけだと、安い)。
・セカンドオピニオンを取ることも可能
・新規加入は70歳まで、更新は100歳まで可能
・病院により事前申請によりキャッシュレス対応可能
・米国を含む全世界の場合、年間にUSD2,500,000(1USD=100円換算で2億5000万円)、一生涯でUSD7,500,000まで保障
・入院は個室
・全ての都道府県における500床以上の中核病院が含まれている。
・HIV/AIDSにも対応している(一生涯保障、USD100,000までの治療費給付)。
・付き添い家族のベッド代も給付される。
・臓器移植も保障される。
カバーするエリア、年齢、ディダクタブルによって保険料は変わります。例えば、全世界カバー、30歳、ディダクタブル0円で約30万円。ディダクタブルを100万円にすると、なんと10万円。アジアだけカバー、30歳、ディダクタブル0円だと15万円。体が不安になる60歳でも、全世界カバー、ディダクタブル0円で100万円。さらにディダクダブルを25万円にすると48万円となります(※すべて年間の保険料)。明らかに安いですね。
日本でも、日本の医療保険を支払う代わりに、このような海外の保険に加入する人が増えてしまうと、日本の医療保険制度は崩壊してしまうかもしれません。
日本の医療保険制度はどうなるのか
他の国と比較すると、日本の医療保険制度はほとんど選択肢がない、自由度のない保険ということがわかります。でも、はたしてそれでこれからの時代に即しているのでしょうか? 増税や社会保険料の上昇を迎える今日、保険制度の硬直性が、高度人材の海外流出を助長する可能性だってあるのです。
いま日本は、医療保険制度を考え直す時期に来ています。しかも、それを国会で話し合われるのを待つのではなく、自分のこととして考える時代が来ているのではないでしょうか。
文/中村康宏
関西医科大学卒業。虎の門病院で勤務後New York University、St. John’s Universityへ留学。同公衆衛生修士課程(MPH:予防医学専攻)にて修学。同時にNORC New Yorkにて家庭医療、St. John’s Universityにて予防医学研究に従事。