文/池上信次
ジャズのアルバム・ジャケットは、その作品の印象を決める重要な要素です。音楽を聴く前から情報を発信しているわけですから、音楽のイントロのようなものといえるでしょう。というわけで、ジャケット・デザインにはさまざまな考え方、主張、思惑などが表れます。多くは、そのアルバムの内容をイメージさせる、または何かしら内容に関連する情報を与えるデザインを、そのアルバムのためだけに新たに作るわけですが、なかにはその正反対のものもあります。それは既成の有名絵画をそのまま使うこと。既成の素材を使うこと自体はふつうのことですが、他者の、すでにそれ自体で完成している「有名作品」の「全部」を、ジャケットという自身の作品の「一部」としてしまうのは、とても大胆な判断だといえるでしょう。
この『ミステリオーソ』は、セロニアス・モンクの傑作としてとても有名です。この絵画はジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)の「予言者(The Seer)」という作品。デ・キリコの代表作の一つです。「Misterioso」はモンクの曲名で造語。オリジナル・ライナーノーツによれば、モンクの音楽のイメージである霧(mist)と謎(mystery)をかけた言葉遊びとのことですが、ここにすでに広く知られているデ・キリコの不思議なイメージと「予言者」という言葉が加わることによって、モンクを知らない人にはなにやら怪しそうな「モンク」を期待させ、モンクをすでに知る人には「らしさ」がさらに強く印象づけられていることは明白です。音楽と絵画のイメージの相乗効果が見事に発揮されている作品だと思います。
モンクは『ミステリオーソ』の前に『セロニアス・イン・アクション』というアルバムをリリースしているのですが、実はこれ、『ミステリオーソ』と同じライヴの録音なのです。つまり内容は同等のはずなのですが、こちらの方は『ミステリオーソ』ほど知られてないですよね? 仮にこれが『ミステリオーソ』というタイトルだったとしても、「デ・キリコのミステリオーソ」ほどの名盤として残ったかどうか。
セロニアス・モンクには有名絵画をジャケットにしたアルバムがもう1作あります。アルバムは『プレイズ・デューク・エリントン』、絵画はアンリ・ルソー(1844-1910)の「ライオンの食事」です。これはモンクらメンバーの写真を使ったものがオリジナルで、ルソーのほうは再発盤です(内容は同じ。CDは両方のジャケットで出ています)。マニアの方にはオリジナル・ジャケットのほうが知られているかもしれません。ジャケットを変えた理由は、オリジナル・ライナーノーツによれば、「1955年にリリースされたこのアルバムは高く評価されており、58年にはライヴでの活躍や、『ダウンビート』批評家投票でこれまでトップだったエロール・ガーナーを抜いたこともあって、モンクのファンは確実に広がっている。新たなリスナーも増えているので、ジャケットをアンリ・ルソーの絵画に変えて再発した(大意)」とあります。なぜルソーなのかは書かれていませんが、ライオンがいるジャングルはエリントン・サウンドのイメージなのでしょう。この再発は『ミステオリオーソ』発売の後ですので、おそらく「『ミステリオーソ』効果」を狙ってのこと。モンクの姿より、ルソーのライオンの方が一般には広く訴求できるということでしょう。
このように同じ音楽であっても、ジャケットが異なれば作品の印象はまったく変わってきます。そうです、リスナーはジャケットも「聴いて」いるのです。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』シリーズを刊行。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。