文/池上信次

ジャズの世界では、つねに個人の演奏技術の「戦い」が行われています。これは、1920年代にピアニストがその技術を競って始めた「カッティング・コンテスト」から始まっていて、ステージに同じ楽器の演奏者が複数いれば、意識するしないに関わらず存在するジャズの伝統ともいえるものです。はっきりと競い合う場合は「バトル」と呼ばれます。これは、ジャズは「個人の音楽」であるという一面が出ている事象ですが、一方でジャズは「集団の音楽」でもあります。ふつうは、編成はどうであれバンドを組んで演奏します。なぜなら、ひとりよりもグループの方が幅広い表現ができるから。そしてその後、個人の個性の集合として「グループの個性」が生まれることになるのは、ジャズ・ファンなら認識していることでしょう。さて、ではグループの「バトル」というものはあるのでしょうか。グループの音楽を「個」と考えて、それがバトルをするなんて面白いと思いますが、現実的には困難なことかと思います。でもそれを実践した人がいます。「フリー・ジャズ」の先駆者、オーネット・コールマンです。


オーネット・コールマン『フリー・ジャズ』(アトランティック)
演奏:オーネット・コールマン(アルト・サックス)、ドン・チェリー(トランペット)、スコット・ラファロ(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラム)/エリック・ドルフィー(バス・クラリネット)、フレディ・ハバード(トランペット)、チャーリー・ヘイデン(ベース)、エド・ブラックウェル(ドラム)
録音:1960年12月21日
オリジナル・アルバム収録曲は約37分の「フリー・ジャズ」1曲のみ。アタマにはテーマがあり、途中にはアンサンブル、ベース対ベース、ドラムス対ドラムスのパートもあったりと、構成はあらかじめきちんと検討されていた模様。


オーネットの代名詞「フリー・ジャズ」そのものをタイトルにしたアルバム『フリー・ジャズ』がそうなのでした。ここではひとつの曲で、ふたつのグループが「バンド合戦」を展開しているのです。『フリー・ジャズ』の原題は『Free Jazz A Collective Improvisation by The Ornette Coleman Double Quartet』です。ふたつのカルテットの集団即興演奏ということですが、全8人の集団即興としていないところがキモです。ステレオの左右チャンネルそれぞれにカルテットが位置し、左がオーネット組で右がドルフィー組。左右それぞれでハモっていたりと、カルテットごとに演奏がまとまっており、なおかつ相互に影響しています。明確に「ダブル・カルテット」という演奏です(チャンネルごとで聴くと、それぞれで演奏が成り立っていることがわかります)。

楽曲には、両方で一緒に演奏するテーマのメロディやキメのアンサンブルがあり、ビートはミディアムの4ビートで一定です。ソロ・パートだけを「カルテット」という単位(個)で「自由に」バトルするという形です。その後の耳で聴けば「フリー・ジャズ」というほど自由ではありませんが、その秩序ゆえコンセプトが明確です。

カルテットでこんなに面白いのだから、ビッグバンドだったらもっと面白いのでは、と思ったらビッグバンドでもありました。ジャズ・ビッグバンド界の2大巨頭、デューク・エリントン・オーケストラとカウント・ベイシー・オーケストラが「共演」しているのです。アルバムは『ファースト・タイム』。


デューク・エリントン『ファースト・タイム』(コロンビア)
演奏:デューク・エリントン・オーケストラ、カウント・ベイシー・オーケストラ
録音:1961年7月6日
両バンドとも当時の代表メンバーが勢ぞろい。こんな試みはなかなかできるものではありませんので、これが「最初で最後」となりました。


ステレオ・チャンネルの右がエリントン・オーケストラ、左がベイシー・オーケストラという配置で、ピアノも同様に右にエリントン、左にベイシー。彼らの演奏を知る人なら聴いた瞬間に両バンドの違いは明確です。アンサンブルはこの大所帯のためにアレンジされていますが、演奏は寄り添っているようには感じられない、スタイル的にはいつものそれぞれ。共演はテイストの違いをあらためて感じさせてくれますね。「A列車で行こう」「コーナー・ポケット」など両バンドの代表曲の比較も楽しく、とても面白い聴き方ができますが、いちばん違いが目立っているのが、リーダーふたりのピアノのタッチ。全体にリラックスしたムードがありますが、ピアノの掛け合いを聴くと、リーダーたちの意識としてはかなり「バトル」していたのではないかとも思います。

「ダブル・ビッグバンド」企画の経緯はわかりませんが、常識的に考えればかなりぶっ飛んだ企画ともいえます。「私の楽器はオーケストラ」というエリントンの言葉そのままに、総勢30人超ではなく「ふたつの楽器」と考えたのでしょうか。この「ダブル・ビッグバンド」のプロデューサーはあのテオ・マセロ(マイルス・デイヴィスのプロデューサーであり、ミュージシャン)。オーネットの「ダブル・カルテット」はこの半年前に録音されていますので、もしかして発想のヒントはオーネットにあったのか?(妄想レベルですが)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 


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