文/池上信次「3分しばり」が名演を生んだ~SPレコードの楽しみ方【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道41】

ジャズを聴く時、読者のみなさんはどんなメディア(媒体・装置)で聴いていますか? LPレコードかCDという方が多いと思いますが、ほかにもカセットテープ、EP盤やシングル盤、SPレコードとジャズを聴くメディアはたくさんあります。また配信音源(デジタル・データ)、ストリーミングなどの、メディアに依存しない音源の鑑賞も現在では一般化しました。それぞれに特徴があり、一概にどれが最も優れているとはいえませんが、歴史を見るとメディア開発の目的は、演奏者にとってはさまざまな録音の制約からの解放、リスナーにとっては利便性の向上、共通するのは高音質化といったところが挙げられると思います。

リスナーが、デジタル音源データを直接扱えるようになった現在、収録時間や音質など、(そもそもメディアがないので)メディアによる制限はなくなりましたが、ここに至るまでは、作品は多くの制約の中で作られてきたわけで、それは音楽にも大きな影響を与えてきました。今回はそこに目を向けて聴いていきましょう。

「レコード」の歴史はトーマス・エジソンが1877年に発明した円筒録音機から始まりますが、1887年のエミール・ベルリナーによる円盤型レコードの発明が現在のレコードの元になりました。レコード以前の音楽メディアとしては、「楽譜」がありました。これは「曲」を伝えるというものですが、レコードの登場によって「演奏」を伝えることができるようになったのです。つまり、(ジャズには限りませんが)レコードという媒体が生まれたことにより音楽の聴き方、楽しみ方は大きく変わったのです。

ジャズに目を向けると、「最初のジャズ録音」は、1917年2月26日にニューヨークで録音されたオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(ODJB)のレコード(「リバリー・ステイブル・ブルース」と「ディキシー・ジャズ・バンド・ワン・ステップ」)といわれています。もちろん現在でも音源はCDなどで聴くことができます。

ジャズという音楽はもちろんそれ以前から演奏されていたわけですが、音源が残されていないのでその実像はわかりません。ですが、レコードという媒体のおかげで、少なくともこの時代にODJBはこういった演奏をしていたという記録(=レコード)が残されたわけです。当時のレコードはいわゆるSPレコード(SP〔Standard Playing〕という名称はのちにLP〔Long Playing〕レコードが登場したときにそれに対応する形での名称で、当時は単なる「レコード」でしたが)で、SPレコードが主流の時代は、1940年代の半ばまで続きます。メディアの形としては、直径10インチ(25センチ)の円盤型で78回転/分が主流で、これは最初から最後まで変わりませんでしたが、録音・再生の方法は技術革新によりどんどん変わっていきました。

当初の録音は、大きなホーン(蓄音機のラッパのようなものですね)に音を「吹き込み」、直接針を振動させて、表面に樹脂が塗られた鉄製の円盤に「刻む」という方法でした。この盤を大量複製したものがレコードです。それを聴くプレーヤーはいわゆる蓄音機で、盤面の針振動を直接拡声する方法でした。そして1920年代の「ラジオの時代」に、「電気録音」と呼ばれる方式が開発されました。これは音をマイクで拾い、電気的に増幅して盤面に刻む方法で、格段にレンジの広い録音を可能にしました。聴く方は針の振動をアンプで増幅し、スピーカーを通して聴取するという形になりましたが、これは現在のアナログ・レコードの再生システムと基本的に同じです。

この電気録音・電気再生により画期的に高音質化されたSPレコードですが、最大の欠点は、収録時間でした。1面3分半程度しか収録できないのです。結果的に片面に1曲収録となるので、すべて「シングル盤」というものなのですね。少しでも長時間にすべく12インチ(30センチ)の盤も作られましたが普及せず、ODJBの時代から30年以上もこの「1曲3分しばり」だけはずっと変わらなかったのです。「なんでこの(昔の音源の)CDは短い演奏ばかり20曲も入っているんだ?」と思ったことのあるあなた、答えはこれです。短い演奏しか残っていないのです。

ODJBのレコードは当時のジャズ状況を知る上でたいへん重要なものですが、ではODJBは日常的にレコードと同じ形で演奏していたかというと、これはおそらく違うのではないでしょうか。ODJBは5人編成で、集団即興アンサンブルを含む演奏をしていたのですから、1曲3分とは思えません。レコードのために「3分に収めた」と考える方が自然です。また、1920〜30年代のスイング・ジャズの時代は、「ダンス音楽」ですから3分で終わるはずはありません。まして40年代半ばのモダン・ジャズ時代は即興が主体ですから、演奏の長さにはなんの制限もありません。ですからレコードは最初から、「レコードは作品として作る」(一方、ライヴはライヴで)という考えがあったはずです。また、「3分」に魅力と特徴を凝縮させ、まとめ上げなければならなかったわけですから、レコードには力量もよりはっきりと表れました。

たとえば、1920年代ならデューク・エリントン・オーケストラのアレンジの奥深さ、30年代ならカウント・ベイシー・オーケストラの強烈なスイング感、40年代のチャーリー・パーカーのアドリブ演奏の凄さは、3分の制限があったからこそ個性が際立ったとみることもできないでしょうか(比較音源はほとんどないのですが)。一方、リスナーも、SPレコードはシングル盤ですから、1枚ごとに針の上げ下げをしなければなりません(オートチェンジャーもありましたが)。おのずと集中して聴くことになります。これもメリットといえるかもしれませんね。

なお、SPレコードは1枚ずつスリーブに入れられ単体で販売さていましたが、数枚をスリーブに入れて本のように束ねて表紙(ジャケット)をつけてセットにしたものもありました。これは体裁が似ていることから「アルバム」と呼ばれました。のちのLP「作品集」をアルバムと呼ぶのはこれが語源です。

下記に紹介するCDは、SPレコード時代の音源を集めたものです。CD1枚にたっぷりと入っていますが、これらは昔は2曲で1枚のレコードだったと考えながら聴くとまた違って聴こえてくるかもしれません。

(1)デューク・エリントン『ザ・ベスト・オブ・アーリー・エリントン』(デッカ)
デューク・エリントン『ザ・ベスト・オブ・アーリー・エリントン』

デューク・エリントン『ザ・ベスト・オブ・アーリー・エリントン』

演奏:デューク・エリントン・オーケストラ
録音:1920年代後半

デッカ・レーベルの1920年代のSPレコード音源を集めたCD。初期の代表曲全20曲が聴けます。(音楽とはまったく関係ないですが)メディアの質量でみるとCD1枚は20グラムもありませんが、20年代当時のSPレコード10枚だと2キロもあるんです。技術革新はすごいですね。

(2)カウント・ベイシー・オーケストラ『ザ・ベスト・オブ・アーリー・ベイシー』(デッカ)
カウント・ベイシー・オーケストラ『ザ・ベスト・オブ・アーリー・ベイシー』

カウント・ベイシー・オーケストラ『ザ・ベスト・オブ・アーリー・ベイシー』

演奏:カウント・ベイシー・オーケストラ
録音:1937〜38年

こちらもデッカ・レーベルの1930年代のSPレコード音源を集めたCD。「オールド・ベイシー時代」と呼ばれる、初期の代表的名演全21曲が聴けます。(音楽とはまったく関係ないですが)メディアの体積でみるとCD1枚は厚さ1.2ミリですが、当時のSPレコードは倍の2.4ミリくらい。直径は約2倍ですから……以下略。

(3)チャーリー・パーカー『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル vol.1』(ダイアル)
チャーリー・パーカー『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル vol.1』

チャーリー・パーカー『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル vol.1』

演奏:チャーリー・パーカー(アルト・サックス)ほか
録音:1946~47年

ビ・バップの開発者にして最高峰、チャーリー・パーカーの絶頂期の演奏を収録。オリジナルはSPレコードで発売されたものです。即興演奏の奥義を1曲3分に凝縮した、全19曲収録。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。

*お知らせ

ちょっと宣伝です。ここで解説した「SPレコード」を楽しむイベントが開催されます。

2020年3月28日(土)午後3時より
東京・神保町「アディロンダックカフェ」にて

『オーディオ・パーク・SPレコード・コンサート〜祝・生誕100年!チャーリー・パーカー』

タイトルどおり、チャーリー・パーカーのSPレコードを聴くイベントです(蓄音機ではなく電気再生です)。選曲と解説は私池上が担当します。「アディロンダックカフェ」のようにSPレコードが聴けるジャズ喫茶は全国でも少なく、しかもまとめて聴ける機会はなかなかありません。興味のある方はぜひどうぞ。詳しくは(臨時サイト https://goodquestion.tokyo/?p=131)まで。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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