文・写真/杉﨑行恭
上野発の高崎行の電車で「東京深川めし」を食べる
「上野発の夜行列車」はすでに2014年3月の寝台特急「あけぼの」廃止で遠い物語になったが、今でも高崎線や東北本線、そして常磐線の始発電車がこの駅から発車する。在来線の始発列車の減った東京駅や、新宿駅とは違った上野駅のターミナルらしい風格を感じさせてくれる。ところで、上野を代表する駅弁てなんだ?と考えると出てこない。そこで中央改札口まえの駅弁屋で「この駅の駅弁は何だ」と聞くと、「昔はパンダ弁当があったけど今はこれかな」と勧められたのが「東京名物深川めし」(900円)だった。さて上野駅から高崎線下りに乗るとき、上野東京ラインは5番線。上野駅始発は14・15番線を使っている。駅弁が食べやすいクロスシート席があるのは1・2・9・10号車だ。ともあれ、動き出した高崎行の電車で「東京深川めし」を食べる。フタを開けると海苔の上に並ぶ穴子の切り身が目に入った。そしてアサリの煮付けが炊き込みご飯に乗っている。玉子焼きの黄色も鮮やかだ。そういえば駅弁とコンビニ弁当の違いは、駅弁の場合『蓋を開けるまで中身が見えない』ということ。レコードで言えば“ジャケ買い”ですね。それでも初対面のお弁当様は、朝ごはんを抜いてきた身にはたいへん美味しゅうございました。
大宮ターミナルで「黒豚みそだれ弁当」を購入
さて上野を出た電車は約30分で大宮駅に達する。言わずとしれた高崎線と東北本線、および上越・東北新幹線の分岐駅で、はじめは神社脇の田んぼだったところに鉄道の駅ができてから約150年、いまでは浦和を凌ぐほどのおおきな町(さいたま市)になっている。そんな大宮ターミナルにはさぞかし駅弁も多かろうと思ったが、実は「黒豚みそだれ弁当」1000円が孤塁を守っている状態だった。かつてあった駅弁屋が廃業して、しばらく無駅弁だったところに久しぶりに登場したのだという。埼玉県の「彩の国黒豚」というブランド豚の焼き肉に、袋入りのみそだれをかけて食べる仕組み。「ひびきのみそだれ」は埼玉県では知られたブランドなのだという。もちろん濃い目の味なのだが、土台になっている豆ごはんとの相性もよくてがっつり食べてしまった。デザートの五家宝も埼玉銘菓だ。さっきの「東京深川めし」はあっさり系で、チェンジアップで軽くストライクの気分だが、2球目の「黒豚みそだれ弁当」はインコースに剛球が来た感じ。
高崎駅で手が出てしまった「上州D51(デコイチ)弁当」
すっかり満腹になって眠りこけてしまった高崎線、気がつけばもう終点の高崎駅だった。ここからは信越本線・上越線・両毛線、それに上信電鉄が分岐する北関東のターミナルだ。ホームに出るとなにやら騒がしい、しかも蒸気機関車がバックで進入してくる。今日は「SLぐんまみなかみ」の運転日でいまからホームに停車中の客車に連結するという。それを見ているうちに高崎駅で「上州D51(デコイチ)弁当」1000円に手が出てしまった。残念ながらSL列車には乗れないものの、弁当でSL気分を補おう。SL列車の発車を見送ったあとで1本後の上越線普通電車に乗る。さっそくD51496と書かれた黒いカマ、ではなく蓋を開けて対面する。エビ、しいたけ、たけのこの煮物が主役の顔をしているが、実は上州名物の鶏肉が下支えする。たぶん石炭に見立てた竹炭炊きのごはんが面白い。食べているうちに電車は渋川駅でSL列車を追い越して水上駅に先に到着した。「SLぐんまみなかみ」は水上駅構内の転車台で方向を変え留置線で待機に入る、その一連の作業を間近に見ることができた。ところで2019年の夏はC62が牽引機になるという、はたしてシロクニ弁当は登場するだろうか。
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