文・写真/杉﨑行恭
11月30日、神奈川県の地域限定電鉄だった相模鉄道がJRと相互乗り入れを開始した。相模鉄道は神奈川県の中央部に住む人以外にはちょっと馴染みが少ないと思うが、ラッシュ時には10両編成の電車を高密度運転する都市近郊電鉄で、平成2年には全国で16番目の「大手私鉄」に仲間入りをしている。そんな東京近郊の大手私鉄で唯一どこにも乗り入れていなかった相模鉄道が、このたびJRと相互乗り入れを開始したのだ。
そこで開業初日に乗り入れ電車の始発駅でもある海老名駅に行ってみた。時刻は午前11時ごろ、ラッシュ時でもなく新開業にあたって特別な飾りつけもない海老名駅だったが、発車案内の電光掲示板を撮影する人が大勢いた。行き先の「新宿」の文字が新鮮だ。もっとも隣の小田急線は戦前から「新宿」行きなんだけど。ともあれ頭端式ホーム(端っこに改札口がある形式)の先まで歩くと、いましもJRから乗り入れてきた233系電車が進入してきた。アルミ製の7000系とか個性派電車揃いのガラパゴス的路線だった相鉄にもJRの電車が侵入してきたとは、ちょっと複雑な気持ちだった。
海老名駅からこの新宿行き特急の233系に乗った。マニア的に言えばこの通勤型電車が「特急」を名乗るのは初めてのこと、もっとも特急は相鉄線内だけの話だけど。海老名駅を発車した特急は約25分で東京方面に分岐する西谷駅に到着した。駅のホームは見物の人々であふれていた、たぶんこの駅始まって以来の人出ではないか。これまでの西谷駅といえば各停しか停まらない地味な駅で、頭上を東海道新幹線が交差するぐらいしか話題がない駅だった。それが今では特急停車駅になり(なぜか急行は通過するけど)、相模鉄道でも二俣川に次ぐ重要な分岐駅になったのだ。ちなみに西谷駅は駅前ロータリーすらない住宅密集地にあって、わずかな隙間にJRとの直通線(地下)を掘削している。
ところで相鉄・JR相互乗り入れだが走ってくる電車はJRの233系が多く、相鉄がJR乗り入れ用に新造した12000系はなかなかやって来ない。ふたたび西谷から乗った新宿行もまた233系だった。ちなみにドアの上の液晶ディスプレイ表示が隣の鶴ヶ峰駅のままだった、たぶん海老名からずっとずれたままなのだ。最初はいろいろな不具合が出るのだろう。さて、西谷駅から約2・6kmの地下連絡線を走りJRとの接続駅になる羽沢横浜国大駅に着いた。ここはJR貨物横浜羽沢駅のあるところで、その地下に相鉄では20年ぶりという新駅が開業したのだ。ちょうどお昼ごろなので駅前で腹ごしらえ…などと思ったが甘かった。地上の改札階にのぼるとそこは人の海だった。しかもごった返す中にいくつか列ができている。列のひとつは「駅スタンプ」、もうひとつは開業日の日付が印刷された「入場券」、さらに臨時に販売される「硬券入場券」の列だった。しかもその列ははるか駅の外まで続いていた。
人混みをかき分け、外に出たが駅前は道路(環状2号)と竹やぶがあるだけ、振り返った新駅のうしろには貨物駅が広がるという殺風景なところ。聞けば横浜国大までは徒歩20分、食堂などは皆無で一番近いコンビニも約1km離れているという。しかたなくそこまで歩いていくと弁当の棚はスカスカだった、たぶんイナゴの大群のように鉄道ファンが押し寄せて食い尽くしたのだろう。かつて、貨物線の線路はあるものの陸の孤島だったこの羽沢だけに新駅への期待も大きいと思う。でも日中は1時間2本ほどというローカル線みたいな運転本数だけど。
ふたたび羽沢横浜国大駅に戻り、ホームで新宿行を待つとようやく相模鉄道自慢の新造電車12000系がやってきた。ネイビーブルーの車体もカッコいい。いよいよここからはJRの線路だ、しかもかつて貨物線として建設された東京近郊の路線を手品のようにつなぎ合わせて進んでいくのだ。ちなみに西谷からのルートを線名で書くと相鉄新横浜線・東海道貨物線・品鶴線・山手貨物線となる。羽沢横浜国大駅から次の武蔵小杉駅までは都市近郊区間としては長く、なんと16.6kmもあり約16分間乗りっぱなしとなる。この間、鶴見駅の南で東海道線と並走し川崎駅の南側から内陸部の品鶴線を経由して、車窓に新川崎駅を見て武蔵小杉駅に到着する。この区間は湘南ライナーでもおなじみだが相鉄電車が走る風景はなんとなく愉快だ。
近年、郊外の一大ターミナルとなった武蔵小杉駅からは新宿湘南ラインと同じルートになる。だから普段使っている人はいきなり10両編成(新宿湘南ラインはほとんど15両編成)の私鉄電車がやってくるとびっくりすることだろう。ともあれ、多摩川を渡ってからは相模鉄道12000系電車にとって晴れがましき都心デビューとなる。開業初日だけあって大崎駅や恵比寿駅ではホームからスマホで相鉄電車を撮影する人が目立った。やがて海老名駅から57km、乗車時間1時間6分、運賃874円(IC料金)で新宿駅の1・2番埼京線ホームに到着した。ここでも12000系は人気者で、人をかき分けて代々木側の先頭車両に行ったときはもう、折返しの海老名行が発車寸前だった。
年号が令和になってからの新規開業路線はいまのところ10月1日の沖縄都市モノレール(ゆいレール)の首里~てだこ浦西間とこの相鉄・JR直通線だけだ。それだけに相模鉄道という「異文化」が都心の鉄道にどんな風を吹き込むか、注目したいところだ。
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。