旅ライターの白石あづささんが、はじめて訪れたインドのオリッサ州。州都・ブバネシュワールから世界遺産の太陽寺院を訪れた後は、さらに南へ、インド人の新婚旅行先として人気のあるリゾート地・プリへと向かいます。世界最古と言われる日本人宿や素朴な漁師の暮らしをご紹介します。<前の記事を読む>
日が落ちて薄暗くなった海沿いの道を走るワゴン。1時間ほどたつと街が現れ、砂浜のビーチに、びっしりと屋台が並んでいるのが見えてきました。200から300くらいの屋台は出ているのではないでしょうか。 これが噂に聞いたプリ名物、ナイトマーケットのようです。
オリッサの工芸品や洋服、それになぜか、大中小と大きさもバラバラな「ほら貝」が売られています。店主はブオー、ブオーとほら貝を吹いてはお客さんを呼び止めます。
聞けば、ほら貝はこの地域のラッキーアイテムなのだそうで、お客さんは見た目だけではなく、よい音がするものを選ぶとのこと。10センチくらいの小さなものから、50センチくらいの大きなものまでさまざまです。
お客さんたちが、ほら貝を手に取っては、ブオー!と吹きはじめました。私もやってみましたが、ピロ~!プペ~!と空気の抜けた音しか出せず、まわりのインド人たちが大笑い。これ、音を出すのが意外と難しいのです。
昔、旅したインド北部の観光地では、外国人とみるとお土産物を売ろうと必死の形相で物売りが近づいてくるので、毎日気が抜けず疲れました。しかし、インドの経済が落ち着いたのか、はたまたオリッサがのんびりした土地なのか、ここでは外国人を気にする人はあまりいません。
インドの観光客に紛れることができるプリでは、気を張る必要がなさそうです。
ラクダタクシーがやってきた
お土産物を売る屋台を抜けて、海岸に近づくと、魚介を焼く店や、チャイを出す屋台が並んでいます。そして波打ち際には、真っ暗闇の海を眺めるインド人がところ狭しと座っています。
内陸で暮らしているインド人のなかには、新婚旅行や家族旅行でここにやってきて、生まれて初めて海を見る人もいるのだとか。
屋台で買った焼き魚をかじりながら、インド人と一緒に座って海を眺めます。
と、そこへ、ひょこひょこと歩くラクダの影。なぜラクダが!? と思わず見上げたら、背中に新婚さんとおぼしきカップルが手を取り合い、幸せそうに乗っていました。
観光客を背中に乗せて海辺を歩く“ラクダタクシー”、お客さんが次々と現れ、商売繁盛のようです。どれ、私も乗せてもらいましょう。
ラクダに乗ったのは初めてではありません。中国の砂漠や一回目のインド旅行では、西のラジャスターン地方で乗せてもらったことがあるのですが、海とラクダの組み合わせは新鮮です。
バシャバシャ波がかかるのも気にせず、ラクダはゆっくり海岸を進みます。千葉の九十九里の浜に建つ童謡「月の砂漠」をテーマにした石碑を思い出しました。ラクダに乗ったアラビアのお姫さまと王子さまの、ロマンチックな像です。
しかしながら、私の横に寄り添う王子さまはいません。足元からのぼってくる屋台の煙に燻されて、ケホケホと咳をしながら、砂浜に寝っ転がるインド人観光客を「ちょっとごめんね」とよけつつ進む、情緒のない「月の砂漠」体験でしたが、それなりに楽しめました。
世界最古!?の日本人宿「サンタナ・ロッジ」
長い一日も終わり、ブバネシュワールに戻る友人たちに手を振り、私はひとりプリに残りました。今夜、泊まるのはサンタナ・ロッジという宿。
何度もオリッサに行っている人に聞いたら、「世界最古の日本人宿だから一度は泊まってみたら?」とおすすめされたのです。
日本人宿とは、海外にある日本人が集まる宿のことで、日本語の本が並んでいたり、日本食の提供などをしてくれることもあります。
長い旅をしていると日本語が恋しくなることもしばしば。私もかつて世界一周旅行をしているとき、とてもお世話になりました。そのなかでも、一番、古いのではないかと言われているのが、このサンタナ・ロッジなのだそうです。
なんと、その歴史40年! 最初から日本人宿を目指したわけではなかったらしいのですが、オーナーさんの人柄と宿の居心地の良さに口コミで日本人が集まるようになったそうです。
街の東のはずれにあるサンタナ・ロッジを探して、通りがかりの人に尋ねると、3、4階建ての黄色い建物を指さします。ドアを開けようとすると、入口に「リキシャの言うことは信じないでください」と日本語で書いてあります。まだまだ騙そうとする悪い人力車のおじさんがいるのでしょうか?
お酒好きにはつらいインド
扉を開けると、大きなワンちゃんが出迎えてくれ、続いて髪を後ろで縛った20代くらいの日本人男性が「おつかれさまです!」と声をかけてくれました。
サンタナ・ロッジというから、サンタナさんという髭のインド人オーナーが出てくるのかと思ったら、オーナーさんは残念ながら日本に出張中とのこと。そのYさんという人当たりの良さそうな日本人男性は、インドを旅行中、「不在の間、ちょっと手伝って」と頼まれて、留守を預かっているのだとか。
ちなみにサンタナとは人の名前ではなく、オリッサの言葉で「平和」という意味だと教えてもらいました。もっとも本当は、「サントーナ・ロッジ」だったが、日本人が発音しやすいサンタナ・ロッジに改名されたらしいのです。
ロビーには、漫画や小説など、ぎっしり日本語の本が並んでいて、10年くらい外に出なくてもここで過ごせそうです。サンタナ・ロッジの宿泊料金は、朝食と夕食、そしてお茶つきで250ルピー(約450円)とインドの物価を考えても格安です。
今回は、テレビや冷蔵庫、バスタブにエアコン、それにジュースやビール、水も一本づつついている一番いい部屋をお願いしましたが、それでも999ルピー(約1400円)。高級ホテルほどピカピカではありませんが、手作り感があってほっとします。
インドでは、宗教上、堂々とお酒を飲むことができません。街にひっそりとお酒を売るリカーショップがありますが、なぜか鉄格子。そして買いに行けるのは男性だけ。外国人とはいえ女性がお酒を飲むなんて、大変はしたないことなので、酒好きの私にはつらいところです。
ですから、冷蔵庫に冷えているビールは後光が射しているように見えました。
次回は、サンタナ・ロッジから歩いて数分の漁師町や市場を巡ります。
■取材・文/白石あづさ
旅ライター。地域紙の記者を経て、約3年間の世界旅行へ。帰国後フリーに。著書に旅先で遭遇した変なおじさんたちを取り上げた『世界のへんなおじさん』(小学館)。市場好きが高じて築地に引っ越し、うまい魚と酒三昧の日々を送っている。
■取材協力:
エア インディア http://www.airindia.in/(英語サイト)
ロータストランストラベル http://www.lotustranstravels.com/(英語サイト)
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