ベンガル湾の夜明け。

ベンガル湾の夜明け。

旅ライターの白石あづささんが、はじめて訪れたインドのオリッサ州。州都・ブバネシュワールから世界遺産の太陽寺院を訪れた後は、さらに南へ、インド人の新婚旅行先として人気のあるリゾート地・プリへとやって来ました。今回は、世界最古の日本人宿といわれるサンタナ・ロッジに泊まりながら、周辺の漁村や市場を巡ります。<前の記事を読む>

インドの東、オリッサ州の人気リゾート地、プリ。ここはガイドブック片手に観光地をあくせく回るよりも、あてもなくカメラを片手に歩きたくなるのんびりした街です。

船出を見に行く

昨夜遅くに到着した、世界最古の日本人宿と言われる「サンタナ・ロッジ」。冷蔵庫で冷えていた、インドでは貴重なビールを飲みつつ、いつの間にかぐっすりと眠ってしまいました。

そして、いつもなら昼まで寝ている私ですが、鶏の鳴き声や犬の遠吠え、チリン、チリンと鳴らしながら走る自転車のベルの音で夜明け前に目が覚めてしまいました。

ロビーに降りた私に、サンタナ・ロッジを手伝っている旅人のYさんが、「よかったら、海岸に出てみませんか?」と声をかけてくれました。

「海岸? 夜はナイト・マーケットがあったけれど、朝はどうなっているんですか?」

「いえ、この辺は、マーケットはなくて、朝は漁師さんたちが船を出しているんですよ」

どうやら、プリの東のはずれにあるサンタナ・ロッジのそばのビーチは、観光客が来るような場所ではなく漁師町のようです。

丸木を括り付け、いざ出航!

丸木を括り付け、いざ出航!

Yさんの後について、海へ続く細い道を歩けば、道の両側にはバラックのような木造の小さな家が並んでいます。海岸に出ると、おや? 港がありません。なんと砂浜に木造の船が約500メートルに渡って一列に並んでいるのです。どうやって出航させるんだろう?と思ったら、丸木を二本、海と水平に船にくくりつけ、波打ち際まで船を押し出しているのです。

小さな船が大海原へどんぶらこ。

小さな船が大海原へどんぶらこ。

波が来て船が浮いた!と思った瞬間、4,5人が小舟に飛び乗りました。押す人たちは10人くらいいましたが、半分しか乗らないようです。Yさんによれば、「押し係」専門で稼ぐ人がいるとのこと。なるほど、一隻、出航させると、船には乗らず、見送ったおじさんたちは、今度は隣の船を押しはじめました。

しゃがむおじさん……もしや!?

飽きずに眺めていると、あることに気が付きました。波打ち際のあちこちで海を見つめながら、おじさんたちがしゃがみこんでいるのです。

最初は、海を見ながら黄昏れているか、ちょっと休んでいるのかと思ったのですが違いました。何をしているのかと思えば、「朝のトイレ」。なかには、朝のトイレがてら、歯磨きをしている器用な人もいます。

朝のトイレタイム?

朝のトイレタイム?

おじさんたちの落とし物は、波がくれば跡形もありません。落とし物が波に消えるのを見届けてから、朝日でキラキラ光る海岸に入って体ごとザバザバ、ゴシゴシときれいに洗い始めました。塩水なので殺菌力も強そうですし、ウォシュレットよりも豪快です。

すっかり日が昇ると、家々から子供たちが飛び出してきました。ひっくり返った船は子供たちの格好の遊び場です。連なってしゃがみこみ、滑り台のごとく滑っては大笑い。みな、はだしですが、大人の仕事ぶりを身近で見ながら大きくなって、立派な漁師さんになるのでしょう。

朝から元気な子供たち。

朝から元気な子供たち。

さきほど通ったときは静かだった家々も、朝の支度でにぎわい始めました。共同の井戸のまわりでは、タライやバケツを抱えたお母さんたちが水を汲みながら井戸端会議。まわりで子供や犬が飛び跳ねています。

元気なインドの女性たち。

元気なインドの女性たち。

カメラをぶら下げた私が珍しいのか、ひとりのおばあさんが、「ちょっと、ちょっと私を撮影しなさい」とジェスチャーで腕を引っ張ります。「それでは」とカメラを向けると、大胆にも腕を上げ、豪快なポーズを決めてくれました。おばあさんに続いて、若い女性や女の子たちも寄ってきてハイ、ポーズ。インドの女性たちは陽気で好奇心旺盛です。

屋上でヨガをする

サンタナ・ロッジに戻ると、朝食にはまだ早い時間でした。そういえば、サンタナ・ロッジのホームページに「朝はヨガ教室をやっています」と書かれていたことを思い出し、Yさんに尋ねると、ちょっと困った顔をして「ちょうど、ヨガの先生が帰省してしまっているんです。僕も少し分かりますから、屋上でやってみましょう」と、またしても付き合ってくれることになりました。

私は大変、体が硬いのです。その昔、インドを訪ねたときに、少しでも柔らかくしたいと、ヨガの聖地リシュケシュで、ヨガ道場に通ったことがあります。しかし、一緒に習い始めたフランス人男性は、すでに頭の後ろに足をかけられるようになったというのに、インド人3人がかりで背中をぎゅうぎゅう押してもらっても、手が床につくことがありませんでした。「こんなに体の硬い人間ははじめてだ」と先生を嘆かせたことを思い出しました。

屋上でヨガをするも笑われる。

屋上でヨガをするも笑われる。

屋上に上がると、さきほどの海や遠くにプリの中心街も見えます。気持ちいい風も吹いていて、体が柔らかくなりそうな予感がします。

「さあ、始めましょう。太陽礼拝のポーズはこうです」

「なるほど、背筋が伸びます。では次は?」

「それが……太陽礼拝のポーズしか覚えていないんですよ。ああ、インド長いのに……」

こんな時、世界どこでもスマホは便利です。スマホを起動し宿のwifiにつなぎ、インドヨガのポーズを検索しながら30分ほど汗をかいていると、屋上までインド人のスタッフが朝食を持ってきてくれました。苦しそうにライオンのポーズをとる私たちが、おかしかったのか、お盆を持つ手が震えています。笑いを一生懸命こらえていたのが分かりました。

朝ごはんはヨーグルトとスープとパン。

朝ごはんはヨーグルトとスープとパン。

賑やかな市場

さあ、いよいよプリの観光に出かけましょう。旅先で、何はなくても私が必ず訪れるのは朝市場。その土地の珍しい野菜や見たこともない魚が売られていて、歩いているだけで楽しいのです。Yさんは、場所がわからないというので、サンタナ・ロッジに出入りしているNさんというおじさんに連れていってもらうことになりました。てっきり、歩いていくか車で行くかと思っていたら、バイクで現れた小太りのNさん、

「さあ、俺の後ろに乗って!」。

おじさんとバイクに乗って。

おじさんとバイクに乗って。

プリの暑い道を、インドのおじさんとタンデムです。

「あそこはプリの駅だ!」

「おじさん、案内いいから前向いて!」

「ところで、君の名前、なんていうの?」

「おじさん、手を離さないで!!」

「ははは、セーフティードライビングだから大丈夫だ」

海外保険をたっぷりかけてきてよかったです。ハラハラドキドキのドライブデートを終えて、到着したのは魚市場。

「どうだ! でっかいだろう」とおじさんは、自慢げですが、10軒ほどの小さな寄合い市場。私は巨大魚市場のある築地に住んでいるので、うやむやに返事をしたのですが、おもしろいのは、朝、とれた魚を直接、漁師さんらしき人が袋に入れて持ってきて、秤で重さを量ると、袋をひっくり返し、床に魚やエビを広げます。まだ活きがよくピチピチと魚が跳ねながら、隣の店舗まで逃げていきます。

Nさん曰くプリで最大級の魚市場だとか。

Nさん曰くプリで最大級の魚市場だとか。

「うわー! エビだ!」と目を輝かせて喜んでいると、Nさんが、「うちでエビカレーを作るか?」と言ってくれたので、大きめのエビを選んで購入。バイクの取っ手にエビの入ったビニールを括り付けて、Nさんの家に走ります。

小さなブロック塀の家の前がNさんの家。お邪魔すると、テレビをごろごろ見ている息子さんと奥さんが、「ようこそ」と出迎えてくれました。私と奥さんとで小さな台所で一緒に調理しますが、普段、エビは食べないそうで、奥さんが、エビのミソもゴシゴシ落とそうと力いっぱい洗い始めたので、びっくりして止めました。

野菜は包丁ではなく斧のようなもので。

野菜は包丁ではなく斧のようなもので。

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ゴシゴシとエビを洗う奥さん。遅かった……。

ゴシゴシとエビを洗う奥さん。遅かった……。

しかし、時すでに遅く、おいしいミソはすっかり落ちています。それでもカレーがおいしかったのは、エビがとても新鮮だったからかもしれません。

次回は、日本人宿サンタナ・ロッジを離れ、プリで一番の料理人がいる高級ホテルライフをご紹介します。

取材・文/白石あづさ
旅ライター。地域紙の記者を経て、約3年間の世界旅行へ。帰国後フリーに。著書に旅先で遭遇した変なおじさんたちを取り上げた『世界のへんなおじさん』(小学館)。市場好きが高じて築地に引っ越し、うまい魚と酒三昧の日々を送っている。

取材協力:
エア インディア http://www.airindia.in/(英語サイト)
ロータストランストラベル http://www.lotustranstravels.com/(英語サイト)

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