【京都 美の鑑賞歩き】 善願寺・恵福寺(京都市伏見区)
京都では毎年、春と秋に通常は非公開の仏像や建築、絵画、庭園などが「特別公開」される。この催しは「京都非公開文化財特別公開」と呼ばれ、この春で通算69回を数える。今回は初公開となる4寺を含む17の社寺で開催されている。京都を訪れた際はぜひ、普段見ることのできない「伝統の美」の数々にふれてみてはいかがだろう。
■六道の世界で人々を救済し、外敵から都を守る六地蔵
京都市伏見区に「六地蔵」という地名がある。古くから近江国、いまの滋賀県の大津と奈良を結ぶ交通の要衝として栄えた地域である。現在は京阪電鉄、JR奈良線、そして京都市の地下鉄がそれぞれ同じ名前の六地蔵駅をもち、周辺の開発がさらに進んでいる。
六地蔵という地名にふさわしく、周囲にはお地蔵さんを祀(まつ)る寺院が多い。今年は善願寺(ぜんがんじ)と恵福寺(えいふくじ)の地蔵菩薩が特別公開されている。恵福寺では、2体の地蔵菩薩のほかに秘仏である本尊の阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)も拝観できる。
では、六地蔵にはどんな意味があるのか。
仏教の教えによれば、釈迦(しゃか)入滅後1500年すると仏の力が衰え、末法(まっぽう)の世になるという。すると人間は生前のおこないの善悪の業(ごう)によって、「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人(にん)・天」の6つの苦しい世界、つまり六道(ろくどう)の間で生と死を繰り返し、迷いの世界を永遠に巡ることになる。これを「輪廻転生(りんねてんしょう)」といい、悟りを開かない限り、この六道からは抜け出せない。
しかし、それではあまりに絶望的すぎる。そこで、六道それぞれの世界にお地蔵さんが現れ、人々を救ってくれるという教えも生まれた。まさに「ありがたや」である。そんな六道世界のお地蔵さんを合わせて「六地蔵」と呼ぶ。
また、お地蔵さんは都を外敵から守るという役目ももっている。そこで京都に通じる6つの街道、奈良・西国(さいごく)・丹波(たんば)・周山(しゅうざん)・若狭(わかさ)・東海道の入口にお地蔵さんが配置され、それらを合わせてやはり「六地蔵」という。ちなみに、京都の伏見を走っているのは奈良街道である。
■高さ約2m68cmもあるお地蔵さん
一般にお地蔵さんといえば1mにも満たない小さな像が多い。ところが、平安時代後期の作である善願寺と恵福寺の地蔵菩薩坐像は2体とも2mを超える「半丈六仏」である。丈六仏とは、釈迦の身長が1丈6尺(約4.85m)あったというところから、1丈6尺の仏像を意味する。両寺の地蔵菩薩は坐像なので丈六の半分の高さ、つまり半丈六だが、一般のお地蔵さんより何倍も大きな仏像である。
善願寺の地蔵菩薩坐像は、平清盛の5男・重衡(しげひら)夫人の安産を祈願して建立されたという。正確な高さは268.2㎝。法衣(ほうえ)の下に身につけている下裳(したも)のひもの結び目が妊婦の腹帯に似ていることから、いつしか「腹帯地蔵さん」と呼ばれるようになった。いまでは安産祈願の仏として名高く、参拝者には妊婦さんが胎児保護のために腹に巻く岩田帯(いわたおび)が授与される。
この世の苦しみから救ってくれるお地蔵さん。妊婦ならずとも一度は拝んでおきたい仏さまである。
境内には樹齢1000年以上という榧(かや)の木がそびえたつ。いまから60年ほど前のこと、住職が榧の木の前に不動尊が現れる夢を見た。そこで仏師として活躍した西村公朝(にしむら・こうちょう、1915~2003))師がその榧の木に不動尊を彫像した。これも必見の仏像である。
【善願寺】
住所/京都市伏見区醍醐南里町33
公開期間/4月29日(金・祝)~5月8日(日)
公開時間/9:00~16:00(受付終了)
拝観料/800円
【恵福寺】
住所/京都市伏見区日野西大道町8-1
公開期間/4月29日(金・祝)~5月8日(日)
公開時間/9:00~16:00(受付終了)
拝観料/800円
文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園」完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。