【京都 美の鑑賞歩き】 法界寺(京都市伏見区)
京都では毎年、春と秋に通常は非公開の仏像や建築、絵画、庭園などが「特別公開」される。この催しは「京都非公開文化財特別公開」と呼ばれ、この春で通算69回を数える。今回は初公開となる4寺を含む17の社寺で開催されている。京都を訪れた際はぜひ、普段見ることのできない「伝統の美」の数々にふれてみてはいかがだろう。
■ガラス細工を思わせる繊細で美しい手
京都市の南に位置する伏見区一帯は、古代から京都の中心部と奈良・大阪を結ぶ要衝の地であった。現在も数多くの社寺仏閣が残っており、この地の歴史をいまに伝えている。そのひとつが、真言宗醍醐派別格本山の寺院、法界寺(ほうかいじ)である。
法界寺の境内には、国宝の阿弥陀堂(あみだどう)と重要文化財の薬師堂(やくしどう)が並び立つ。薬師堂は半世紀もの間、非公開だったが、今回の特別公開によって堂内に安置されている秘仏の薬師如来立像(重要文化財)を拝観できる。
薬師如来立像が造られたのは、平安時代中頃の永承6年(1051)。この地を支配していた公卿で歌人の日野資業(ひのすけなり)の発願による。日野氏は平安時代に栄華を極めた藤原氏の一族で、日野の地名の起源となった。
資業は薬師如来立像の胎内に、伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう)が造ったとされる小さな薬師仏を納めたという。胎内の薬師仏はいつしか女性たちから安産・授乳にご利益ありと信仰され、法界寺は「日野のお薬師さん」、あるいは「乳薬師」の名で親しまれるようになった。
薬師如来の像高は88.8㎝、桜の木による寄木(よせぎ)造りである。寄木造りとは、複数の木を寄せ合わせて一体の仏像を造る木彫仏の制作技法のひとつ。ちなみに、ひとつの大きな木材から像を彫り上げる技法を一木(いちぼく)造りという。
今回の特別公開では、薬師如来を厨子(ずし)の左側から拝観する配置がとられている。正面もさることながら、横から見ることで薬師如来の繊細な手の美しさがはっきりわかるのだという。確かにガラス細工のような精巧な造りである。
手先の美しさとともに、薬師如来の衣にも注視したい。金箔を細く切って貼り付ける「截金(きりかね)」の技法によって細かな紋様が施されている。柔らかく優美なその紋様には、平安時代の人々の薬師仏への熱い信仰が込められているといえよう。
■平安時代の面影を伝える阿弥陀堂
国宝の阿弥陀堂も必見の文化財である。法界寺の近くに建つ平等院鳳凰堂(国宝)とほぼ同時期の建立とされ、ゆったりとした屋根の反りや骨太の蔀戸(しとみど/板の両面に格子を組んだ戸)が平安時代の面影をよく伝えている。
堂内に安置されている本尊の阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)も国宝である。ふくよかな顔に伏し目がちな目。平等院鳳凰堂の阿弥陀如来坐像に勝るとも劣らない気品に満ちており、一見しただけで思わず手を合わせたくなるほどである。
平安時代の後半、仏教の威力が衰える末法の世が訪れた。貴族たちは競って邸内や氏寺に阿弥陀堂を建て、そこに阿弥陀如来を安置した。阿弥陀さんにすがれば、西方極楽浄土に導いてくれるとされたからである。
洛中洛外には多くの阿弥陀堂が建立されたが、そのほとんどが戦火や天災などで失われてしまった。その意味でも、法界寺は、平安時代の貴重な仏教文化の宝庫ともいえるのである。
【法界寺 】
住所/京都市伏見区日野西大道町19
公開期間/4月29日(金・祝)~5月8日(日)
拝観時間/9:00~16:00(受付終了)
拝観料/800円
文/田中昭三
京都大学文学部卒業。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。