伏見を象徴する酒蔵の風景。伏見城の外堀だった濠川沿いに立つ。一帯は京都市の「重要界隈景観整備地域」に指定されている。

取材・文/田中昭三 撮影/中田 昭

京都の中心部「洛中」の周辺に広がる「洛外」は、古くから景勝地として愛されてきた。洛外に位置する「伏見」の隠れた名所を、伏見では最古の酒蔵のひとつ『月の桂』14代目当主の増田德兵衞さん(増田德兵衞商店 店主・61歳)に案内いただこう。

蔵の前の増田德兵衞さん。昭和30年、京都市生まれ。老舗酒蔵『月の桂』14代目当主。日本で初めて「にごり酒」を世に送り出す。全国各地で日本酒の会を開催し、海外とも交流。

京都市の南に位置する伏見は、清酒の町である。桃山丘陵からの伏流水が豊かで、古くは「伏水」とも表記された。いまでも100mほど掘れば、豊かな水を汲み上げることができる。

案内をお願いしたのは、伏見では最古の酒蔵のひとつ、『月の桂』14代目当主の増田德兵衞さん。

「まずは一言、地元の神さまにご挨拶しましょう」と言って増田さんが向かったのは城南宮である。

■古くから方除けの大社

城南宮は794年の遷都以来、都を守り、方角を司る神として厚く信仰されてきた。増田家はこの神社の氏子だという。

「小さい頃から親に連れられてよくお参りにきました。最近まで祭礼のときには神輿をかついでいたんですよ」(増田さん)

いまも城南宮は引っ越しや旅行、家相の心配を除く「方除(ほうよけ)の大社」として、全国からの参拝者で賑
わっている。

広々とした神苑・楽水苑には、平安の庭、室町の庭、桃山の庭などが作られ、四季折々の風情を楽しむことができる。平安の庭では、春と秋に曲水の宴が開かれ、王朝文化華やかなりし頃の雰囲気が再現される。

城南宮の社殿。城南宮は平安京の南にあったところから城南神と呼ばれた。明治維新を告げる鳥羽・伏見の戦いの勃発の地である。

【城南宮】
京都市伏見区中島鳥羽離宮町7
電話:075・623・0846
拝観時間9時~16時30分(神苑受付は16時まで)
拝観料:境内無料、神苑「楽水苑」600円
交通:市営地下鉄・近鉄京都線竹田駅下車、徒歩約15分

城南宮の「曲水の宴」。毎年4月29日と11月3日に平安の庭で開催される。平安時代の装束を身につけた男女7名の歌人が曲水の傍に坐り、和歌を詠み短冊にしたため、曲水を流れてくる杯のお神酒を飲む。舞台では白拍子の舞が披露される。観覧自由。撮影:中田昭

次に向かったのは、水にゆかりのある御香宮神社である。いまから1100年ほど昔、境内から香り豊かな水が湧
き出した。その水を飲むとたちまち病気が平癒した。この奇瑞により清和天皇から「御香宮」の名を賜ったという。その水はいまもこんこんと湧き出ている。

「水が命の酒造業者にとって、この神社は心の拠りどころといえます。毎年新酒ができあがると、まずこの神さまにお供えします」と増田さんは話す。

門や社殿には、秀吉が築いた伏見城の遺構が使われている。それらは、かつて栄えた伏見の面影をいまに伝えるものでもある。

彩色豊かな本殿。慶長10年(1605)に建立され、桃山時代の特色を伝えている。10月上旬には伏見随一とされる「伏見祭」が9日間開かれる。

【御香宮神社】
京都市伏見区御香宮門前町174
電話:075・611・0559
拝観時間9時~16時(受付終了)
拝観料:石庭200円
交通:京阪電鉄伏見桃山駅下車、近鉄京都線桃山御陵前駅下車、徒歩約5分

境内に置かれた伏見城跡の残石。御香宮の表門も伏見城の大手門の遺構。秀吉が築いた伏見城は家康により取り壊され、その遺構が各地に受け継がれた。

本殿脇にある「御香水」。貞観4年(862)9月9日、境内から水が湧き出し、その水を飲むと病気が平癒したという。環境省の「名水百選」に認定されている。

■法界寺で国宝仏に会う

「今度は国宝のあるお寺を紹介しましょう」

そう言って増田さんが向かったのは、伏見の中心部から少し離れた法界寺である。

小さな山門を潜ると、正面に古色を帯びた本堂の薬師堂、その隣に阿弥陀堂が立つ。阿弥陀堂は国宝、薬師堂は重要文化財である。

阿弥陀堂に入ると、ふっくらとした顔に堂々とした体躯の阿弥陀如来が静かに坐っている。平安時代の作で、高さはいわゆる丈六(※像高1丈6尺(約4.8m))。この仏像も国宝である。

平安時代の後半、京都の洛中では多くのこうした阿弥陀如来が造られた。しかしそのほとんどが戦火や天災で失われている。

「法界寺は、都の中心から離れた洛外だから幸いしたんでしょうね。この仏さんは伏見の誇りです」(増田さん)

まさに知られざる国宝仏。仏像マニアならずとも必見である。

薬師堂を望む。明治37年に奈良県から移建。康正2年(1456)の建物。重文。法界寺は日野薬師の名で親しまれている。

【法界寺( 日野薬師 )】
京都市伏見区日野西大道町19
電話:0755・571・0024
拝観時間9時~17時(10月~3月は16時まで)
拝観料500円
交通:JR奈良線六地蔵駅から京阪バス日野薬師下車すぐ

阿弥陀如来の蓋がいを見上げ、「外国からのお客さんにも是非見ていただきたい」と語る増田さん。四隅柱の剥落が惜しまれる。

阿弥陀如来坐像。手の印相は定印。顔はふっくらとし、目鼻が小さく童顔を思わせる。平安時代、木造・漆箔、像高280㎝、国宝。

■酒処伏見らしさを堪能

由緒ある古社寺を巡った後、増田さん推薦の『伏水酒蔵小路』で一休みすることにした。

ここは単なる飲食街ではない。通り抜けができる小路に、専門料理店が立ち並ぶ。最近開店したばかりの斬新な食の小路である。

客はどの店からも他店の出前メニューを注文できて、精算も一括という、いわゆるフードコート形式で使い勝手がいい。

「しかも」と増田さんは続ける。「伏見の17の蔵元が自慢の銘酒を出品しています。セットのグラスもありますから、それぞれの味を存分に楽しんでください」

まさに伏見ならではの酒処。最後はここでゆるりと過ごしたい。

伏見の酒が約100種揃う長さ23m超の酒蔵カウンターと、和、洋、ラーメンなど7つのうまいもん専門店ではしご酒が楽しめる。

【伏水酒蔵小路】
京都市伏見区納屋町115番地~京都市伏見区平野町82番地2
電話:075・748・8831
営業時間:11時30分~23時( 22 時30分最終注文)
定休日:火曜
料金:2000円~ 立ち飲み席。テーブル席もある。

各蔵元の日本酒が一度に手軽に味わえる人気の十七蔵の利き酒セット「粋酔」1700円。全部で約2合弱の量になる。純米大吟醸の酒も含まれ、愛飲家ならかなり楽しめる。

酒蔵カウンターでお薦めの旬の海鮮炙あぶり五種盛り980円など、酒と好相性の料理が各店で用意されている(写真の漬物はイメージ)。

城南宮へはJR京都駅八条口よりバス「京都らくなんエクスプレス」(ケイルック 電話:075・661・1234)
が便利。帰りは京阪本線伏見桃山駅から京都中心部へ。

※この記事は『サライ』本誌2016年10月号より転載しました(取材・文/田中昭三、中井シノブ、山本真由美 撮影/中田 昭、奥田高文)

 

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