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文・写真/佐藤モカ(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)

フィレンツェから車で約2時間。絵葉書のように美しいトスカーナの自然の中をドライブして、南へ南へと向かう。目的地は、アーサー王の剣エクスカリバーのモデルになったのではないかと言われる、謎多き聖剣が眠る教会である。謎多き聖剣が眠る教会

アーサー王物語とは、5世紀末に活躍した伝説のブリテン王アーサーと、円卓の騎士たちの活躍を描いた有名な騎士道物語だ。12世紀頃に登場してから様々な作者によって幾つものバーションが作られ、世界中の人々を魅了し続けてきた。

中でも、彼が石に突き刺さった剣を引き抜いて王となるシーンは印象深い。屈強な騎士たちがどう試しても抜くことができなかった剣を、若干15歳の少年アーサーがいともたやすく引き抜いて見せるのだ。この奇跡こそが、彼が神から任命された正統なる王である証であり、引き抜かれた剣は松明30本に匹敵するほどの輝きを放ったという。

アーサー王のモデルについては諸説あるものの、物語の大筋はファンタジーであると言われている。しかし、長い年月をかけて多くの人の手を介してきた物語によくあるように、当時の出来事や作者が耳にした噂などが物語に反映されていった可能性は多いにある。そんな役割を果たしたのではないか…とまことしやかに囁かれている剣が、イタリアの片田舎の教会に保管されているというのである。

オフシーズンの平日ともなれば訪れる人もあまりいない、小さくて素朴な教会。そんな場所にひっそりと眠る剣が、なぜ華やかなるアーサー王の聖剣エクスカリバーだと言われるのだろうか。

“L'abbazia di San Galgano (Siena). Autore Thudufushi.”パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ https://it.wikipedia.org/wiki/File:Abbazia_di_San_Galgano.jpg

“L’abbazia di San Galgano (Siena). Autore Thudufushi.”パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ
https://it.wikipedia.org/wiki/File:Abbazia_di_San_Galgano.jpg

イタリアの片田舎の教会

目的地サンガルガーノへと到着してまず目に入ってくるのは、廃墟となった修道院である。屋根が完全に崩れ落ち、地面からは草木が好き放題に伸びている。最近になってSNSなどでも取り上げられるようになったが、なるほど人気が出るのも頷ける。戒律の厳しい宗派だったため華美な装飾は見られないが、朽ちてなお美しい姿がかつての繁栄をうかがわせる。廃墟好きには、たまらない建物と言えるだろう。
夏のシーズン中は内部でオペラなどのイベントも行われるらしい。荘厳な廃墟の中で日暮れ後に聴くオペラは、どれほど神々しいだろうと想像するだけで鳥肌が立つ。

パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ https://it.wikipedia.org/wiki/File:Sangalganopicciafuori.jpg

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さて、修道院跡を見学した後は、徒歩で小高い丘の上へと坂道を登っていく。息を切らしてたどり着いた先にある丸い建物が、目的地であるエレモ・ディ・モンテシエーピ「L’Eremo di Montesiepi」である。

教会に入ってすぐ、中央の床に透明なケースを被せられて厳重に守られている黒い剣が見える。岩に突き刺さった聖なる剣、ガルガーノの聖剣である。

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この剣がなぜ岩の中にあるのかを知るには、聖ガルガーノの生涯を知る必要がある。聖ガルガーノことガルガーノ・グイドッティは、近郊の町キウズディーノの貴族の長男として、1148年に生まれた。やがて傲慢で奔放な若者へと成長したガルガーノは、騎士として戦地に赴くが、そこで人生初の苦痛と絶望を味わうことになる。

血に塗れた惨たらしい戦場に嫌気が差し、これまでの自分の生き方に疑問を持ったガルガーノは、大天使ミカエルの導きで現在教会が立つこのモンテシエーピの丘へとやってきた。そしてこの地で平和への祈りを捧げ、騎士の象徴である剣を地面に突き刺したのである。剣は超自然的な力で岩の中へと音もなく吸い込まれ、柄は十字架の形を成して平和へのシンボルとなった。

ガルガーノはその後、俗世を捨てた隠者としてこの地で暮らした。人との関わりを避け、雑草などを口にする極端な生活は彼の体を蝕み、32歳という若さで剣の隣に埋葬されたという。

«La spada che, secondo la leggenda, San Galgano conficcò nella roccia quale segno di perpetua rinuncia a tutte le guerre.» パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ https://it.wikipedia.org/wiki/File:Spada_dell%27Abbazia_di_San_Galgano,_1986.jpg

«La spada che, secondo la leggenda, San Galgano conficcò nella roccia quale segno di perpetua rinuncia a tutte le guerre.»
パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ
https://it.wikipedia.org/wiki/File:Spada_dell%27Abbazia_di_San_Galgano,_1986.jpg

彼は死後その功績を讃えられて聖人入りを果たし、剣を取り囲むように教会が建設された。そしてこの地を活動拠点として、1218年には例の廃墟となった大修道院の建設が始まっている。ガルガーノを聖人入りさせたシステルチェンセ修道会は諸外国へも影響力を持った会であり、当時着実に勢力を拡大していたということなので、この時期に修道会を通して聖剣の話が国外へと伝わっていたとしても不思議ではない。

この教会内部に保管されているのは、剣だけではない。もう一つ、奇妙なものが安置されている。それは、ガルガーノの留守中に剣を壊そうとして狼に食いちぎられた男の腕のミイラだ。

伝説によれば3人の男が剣を引き抜こうとして失敗し、剣の上部を折ってしまった。この行いは神の怒りを買い、2人は殺され、最後の1人は悔い改めたため腕を失っただけで助かったのだという。

一度折れたという点でも、エクスカリバーとガルガーノの聖剣には共通したところがある。エクスカリバーも、元はカリバーという剣が一度折れ、鍛え直したことからエクスカリバー(元カリバー)と呼ばれるようになったと言われている。折られてしまったガルガーノの剣は、神の力で再び元の姿に戻ったとされているが、こうした逸話もまたエクスカリバーのモデルとなった可能性も捨てきれない。

聖ガルガーノの起こした奇跡とは、本物だったのか。なぜ、どのようにして剣が岩に刺さったのか。
真実は藪の中だが、腕のミイラは最新の研究によって、確かに12世紀のものだと証明されている。また、同じように剣についても研究が行われ、間違いなく12世紀の剣であることが確認された。現代の研究者たちも驚くほど岩の中にぴったりと嵌っており、そこにはわずかな隙間や亀裂すらもなかったという。一体どんな方法で岩に剣を入れたのかは、現在に至るまで謎のまま。神の力は本当に、この場所に剣を吸い込んだのだろうか。

丘の向こうへと沈んでゆく夕陽教会を出ると丘の向こうへと沈んでゆく夕陽が、暖かな光を投げかけていた。この地で果てたガルガーノが最期に見た景色も、こんな夕陽であったかもしれない。
戦場を捨て剣を岩に突き刺すことで俗世を捨てた聖ガルガーノと、剣を引き抜くことで王となり戦場へと向かって行ったアーサー王。正反対の二人の物語が一本の剣で結びついていたのだとしたら、皮肉な運命と言わざるを得ないだろう。

文・写真/佐藤モカ(イタリア在住ライター)
2009年よりイタリア在住。イタリア在住ライターとして多数の媒体に執筆する他、マーケティングリサーチャー、トラベルコンサルタント、料理研究家など幅広く活動。自身のYouTubeチャンネルで素顔のイタリアを届ける海外動画の配信も行っている。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

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