文・写真/大井美紗子(海外書き人クラブ/アメリカ在住ライター)
アメリカ・アラバマ州の北部に、カルマンという田舎町がある。バーミングハム国際空港から車で1時間ほどの、森に囲まれたのどかな町だ。この場所で世界に名だたる建造物――ギリシャのコロッセウム、バチカン市国のサン・ピエトロ広場、広島の世界平和記念聖堂など――を一度に見ることができると言ったら、まさかそんなはずはない、と誰もが笑うに違いない。
廃材をリサイクルしてミニチュア模型に
世界中の建造物といっても、ミニチュア模型である。そういうと「なぁんだ」とため息をつく方もいるかもしれないが、これがただの模型ではないのだ。まずは実物をいくつか見ていただきたい。
これらはすべて、石ころや貝殻、割れた皿やガラス、自転車の部品など、いってしまえば「ゴミ」のような素材だけを使って作られている。
製作したのは、ドイツのバイエルン州からこの地に派遣されたヨゼフ修道士だ。これらのミニチュア作品群はアラバマ州・カルマンの聖バーナード修道院に保存されており、「アヴェ・マリア・グロット」と呼ばれている。
ドイツからアメリカに渡り、ミニチュア作りに没頭
ヨゼフ修道士は1878年にバイエルン州のランツフートで生まれた。まま母に育てられたが折り合いが合わず、本名を自分で「ヨゼフ」と変えて修道士を志す。そしてわずか14歳でアメリカへ渡った。
派遣された聖バーナード修道院では、ガスの管理をするよう命じられた。ガソリンがポンプでくみ上げられ、測量機のメーターが上がっていくのを観察するだけの退屈な仕事だ。1日17時間ひたすら測量機を見るだけの日々に、ヨゼフ少年はすっかり飽きてしまった。そこで仕事の合間に、辺りに転がっている石ころで工作をすることにした。キリストやマリアの像の周りに石ころを積み重ねて、小さな祠(ほこら)のようなものを作ったのだ。
普通なら「仕事中に何をやっとる!」と叱責されるところだろう。しかし修道院の先輩たちは、もっと作れと激励してくれた。丹念に作られた祠に、「これも神への奉仕の形」と思わせる何かがあったのかもしれない。修道院を訪れる人からは、ぜひ売ってほしいという声も上がった。
小さな祠を5000作ったところで、ヨゼフ修道士はさらなる作品群に着手する。世界中のキリスト教建築を模したミニチュアを、修道院の一角に作り始めたのだ。それが今日の「アヴェ・マリア・グロット」となる。
シャイな修道士が築いた夢の世界
「アヴェ・マリア・グロット」は、まるで万国博覧会のような国際性を感じる空間なのだが、ヨゼフ修道士自身はアラバマ州にきて以来この地を出ることは生涯なかった。修道士という身分では自由に旅をすることができず、また積極的に外へ出かけたいというタイプでもなかったそうだ。
身長150センチ、体重45キロほどの小柄な人で、幼少期の病気で曲がってしまった背中のせいで余計小柄に見えた。その小さな体を丸めて、ひとりコツコツとミニチュア作りに没頭していたという。恥ずかしがり屋で、作業は人の目に付かない早朝や夜に行っていた。
実際の場所へ足を運ぶことなくどのようにミニチュアを作ったのかというと、主に観光客用のポストカードを参考にしたのだという。そのため建物の正面は正しくても背面は想像で作られていることがあったり、本物にはない階段が付け足されていたりして、作品を眺めていると時々頭が混乱する。まるでヨゼフ修道士の夢の世界に迷い込んでしまったような、不思議な気分になる。
80歳で亡くなるまで、ヨゼフ修道士は作品を作り続けた。ミニチュア建築の数は計125に及んだ。
石や木々を几帳面に積み重ね、タイルやビーズで隙間なく飾られている作品群。ありあわせの材料を使っていたから、大きさや長さをそろえるだけでもひと苦労だっただろう。
ゴミ箱に放り込まれてしまうはずだった廃材にもう一度息を吹き込み、圧巻の作品に生まれ変わらせたヨゼフ修道士。それを可能にしたのは彼の忍耐力とクリエイティビティ、そして神への信仰心だったのかもしれない。
「アヴェ・マリア・グロット」(http://www.avemariagrotto.com/)はバーミングハム国際空港から約1時間。ミニチュア建築はすべて屋外にあるので、天気のいい日に訪れたい。
【住所】
Ave Maria Grotto
1600 St. Bernard Dr. SE
Cullman, Alabama 35055
文・写真/大井美紗子(アメリカ在住ライター)
アメリカ南部・アラバマ州在住。日本の出版社で単行本の編集者を務めた後、2015年渡米。ライティングのほかに翻訳も手掛ける。日英翻訳書に『京都の仏像なぞり描き』(PHP研究所)など。海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/)所属。