文・写真/大井美紗子(海外書き人クラブ/アメリカ在住ライター)
サンタフェは、キリスト教の町だ。町の名前はスペイン語・ポルトガル語で「聖なる信仰(Holy Faith)」を意味し、アメリカ最古の教会が今もミサを行っているような場所である。
この地に、140年にわたってキリスト教徒に尊ばれてきた「奇跡の階段」と呼ばれるらせん階段がある。何が「奇跡」なのか? まずは階段の写真を見ていただきたい。
一般的ならせん階段とはどこかが違わないだろうか?
――そう、真ん中の支柱がないのだ。
これが全体像である。
「奇跡の階段」は、サンタフェの中心部に位置するロレット・チャペル(https://www.lorettochapel.com/)にある。高さ22フィート(6.7メートル)の聖歌隊席と1階をつなぐ計33段の階段には、鉄くぎや接着剤が一切使われていない。全重量はすべて床で支えられている。現在は保護のため使用されることはないが、かつては聖歌隊が1階と桟敷を行き来するため頻繁に使われていた。支柱のないらせん階段が140年もの間どうやって持ちこたえてきたのか? 各地から多くの建築家や建築業者が訪れたが、今までその謎を解けた人は1人もいない。
使用されている木材はアメリカ中西部では見られないものであり、どこで入手されたかは不明だ。この不思議な階段を建てたのは誰かも、明らかにされていない。「どのように」「何を使って」「誰が」という3つの点が謎に包まれているため、このらせん階段は「奇跡」と呼ばれている。「キリストの養父、聖ヨセフが現代に現れて作ってくださったのだ」とまで言われている。
確かに支柱のないらせん階段は珍しい。だが、世界中の建築家が検分しても謎が解けないということがあるだろうか? 果たして階段は本当に、奇跡によって建てられたのだろうか?
チャペル完成間際、建築家が急死
今でこそ「アメリカ最古の都市」「アートと歴史の町」と謳われ、観光客で賑わうサンタフェだが、当初はネイティブアメリカンとメキシコ人だけが住む非常に小さな町だった。そこへ1852年、ケンタッキー州からカトリックの修道女たちが信仰を伝えようと移り住んできた。彼女らのために学校を作ろうという計画が持ち上がり、着工が進められたのがロレット・アカデミー修道院であった。学校は順調にできあがり、1873年にはチャペル(礼拝堂)も建設することになった。
着工開始から5年後の1878年、完成を目前にして、大変な問題が起こる。建設を指揮していたフランスの建築家P.モーリーが急死したのだ。一同は困ってしまった。なぜなら、聖歌隊席へ上がるための階段がまだできていなかったからである。
ほぼ完成しているチャペルに階段を付け足すのは、不可能に近かった。聖歌隊席が高すぎて、普通の直階段を取り付けたのではスペースを取りすぎてしまうのだ。見た目も美しくなくなる。多くの大工や建築業者が招かれ試行錯誤を続けたが、もはやはしごを使うか、聖歌隊席を低く作り直すしかないという話になった。
修道女たちはひどく落胆した。しかし、落ち込むだけでは何も解決しない。そこで――こういう手段を取るのが非常にカトリック教徒らしいと思うのだが――彼女たちは、祈ることにした。9日間にわたって祈り続ける「ノベナ」を行い、神が救ってくれるのを待ったのである。
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