文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)
この夏、木曽の御嶽山山ろくの樹海を走る赤沢森林軌道に乗った。ここは中央本線上松駅からバスで30分も走った赤沢自然休養林という森林公園で、樹齢300年を超すヒノキやヒバにかこまれた森林浴発祥の地としても知られた場所だ。
一帯は江戸時代から城郭用の材木を出す山として管理され、あの伊勢神宮遷宮の際のご神木も切り出されたという。
赤沢自然休養林は標高1080mの高原地帯にあり、バス停からおりたところには何本もの清流が合流する山中の平地になっていた。その昔は営林署の基地で、奥地から切り出されてきた材木を集積して、ここから中央線上松駅まで送り出していたという。
夏休みの子供達で賑やかな園内を、森林鉄道の乗り場まで歩く。ここを走っていた森林鉄道が復元されているのだ。
ちなみに木曽一帯を走っていた森林鉄道は王滝・小川森林鉄道と呼ばれ長野営林局上松運輸営林署が運行する総延長400km(本線・支線あわせて)の日本最大規模の森林鉄道だった。運行開始は大正5年で、膨大な量の材木を運び続け、また山奥で働く人たちの生活物資や人員輸送も行っていた。
この地域の森林鉄道は昭和51年ですべて廃止されたが、赤沢自然休養林が開設されたおりに約2kmの軌道を復元して『赤沢森林鉄道』として復活したのだ。
森林鉄道乗車場には森林鉄道記念館もあって、かつての森林鉄道の様子を展示している。保存されている車両の中には移動しながら職員の髪を切っていた理髪車などもあった。
また車庫の前にはまるで童話に登場するようなアメリカ製の小型蒸気機関車、ボールドウィンB1タンク式機関車も姿を見せていた。
さて、夏休み期間は30分間隔で運転される森林鉄道はディーゼル機関車が5両のトロッコを牽引する列車で各車両21人乗り、吹きさらしの野趣あふれる車両だ。
軌間762ミリという、ナローゲージの線路は一路緑に覆われた森の中を進んでいく。そのスピードは自転車をゆっくり走らせるぐらいか、それでもカーブを曲がるたびに風景が変わる。
最初は山の斜面を進んでいたが、小さな川を渡ると進行方向右手に清流が見え始めた。線路に並行してウッドデッキの遊歩道も続いている。かつて、巨木をワイルドに運んでいた森林鉄道の雰囲気はすでになく、見事に育ったヒノキの森を進む光景は、走る森林浴列車のようだった。
発車から15分ほどで折り返し点の丸山渡(まるやまど)停車場に着く。その昔は森林鉄道の支線が分岐するポイントで、今でもとなりの谷に線路が伸びていた。ここで機関車を列車の反対側につけかえる。
ちなみに、この丸山渡から乗ることはできないが、下車は可能で、ほとんどの乗客がここで降りて心地よい遊歩道を戻っていく。
列車はすぐに発進し、ゆるやかな下り坂を引き返す。その途中ではさっき乗っていた人たちが渓流越しに森林鉄道を撮影していた。
現在、森林鉄道が保存運転されているのはこのほか、北海道の丸瀬布森林鉄道と高知県の魚梁瀬森林鉄道の3か所ほどだ。そのなかでも赤沢森林鉄道は巨木の間を走る、もっとも『林鉄』らしいロケーションといえるだろう。
【赤沢森林鉄道】
■所在地: 長野県木曽郡上松町小川小川入国有林内 赤沢自然休養林
■運転期間:4月29日〜11月7日まで
■料金:大人800円(7月29日〜8月20まで1000円)
■アクセス:JR中央線上松駅からバス片道30分、往復2000円
■問合せ先:上松町観光協会 電話:0264−52−1133
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』『廃線駅舎を歩く』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。
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