文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)
新宿から小田急で行くと、相模大野駅で小田原線と江ノ島線に分岐する。その江ノ島線をどんどん電車で走ると、最後に到達するのがこの片瀬江ノ島駅だ。
線路は相模湾にそそぐ片瀬川の河口に突きあたる形で終わっている。電車から降りて、潮風が吹き抜けるホームを歩けば改札口の向こうに半円形の玄関があり、通り抜ければそこはもう江ノ島を望む湘南海岸だ。
片瀬江ノ島駅は、昭和4年(1929)年の江ノ島線開通時に完成した竜宮城型の駅舎だ。朱塗りの南蛮寺院のような建物は、江ノ島にある江島神社に祭られる弁天様に由来するという。
屋根は中華風にはね上がり、黄色に塗られた鴟尾が末端に飾られている。いままで全国の駅舎を見てきたが、これほどユニークでおめでたい感じの駅舎は珍しい。
駅前では必ずと言っていいほど、観光客たちが駅をバックに自撮りしている。
片瀬江ノ島駅が計画されたとき、ここには別の会社が路線免許を取得していたという。その鉄道がやってくると乗りかえ構造にするため「建て替えを前提に、思い切った形の駅舎にした」と当時、駅舎建築に携わった人の言葉も伝えられている。
しかし駅には当時の金額で18000円が投じられたといい、駅舎本体だけではなく売店や駅前の旅館なども竜宮城スタイルに統一されていた。結局、別の鉄道は未完に終わり、駅舎はそれ以後88年間も江ノ島の玄関として役割を果たしてきた。
あらためて駅を見れば、ホームと駅前の地平は完全なフラットで、小田急線の全70駅のなかで唯一段差がない駅だという。その分「海が近いのでホームに砂がつもりやすい」と若い駅員が話していた。
また3本のホームがドームに覆われ、まるでヨーロッパの終着駅のようなたたずまいを見せる。
リゾートの駅らしく、のんびりとした空気に包まれる片瀬江ノ島駅だが、毎年8月の江ノ島花火大会の日には1日で4万人以上もの利用があるという。今でも江ノ島に最も近い駅となっている。
その江ノ島までは駅から弁天橋を渡って徒歩15分ほど。この橋は1964年の東京オリンピックで江ノ島がセーリング競技の会場になったときに完成したもので、それ以前は木造の橋だった。
ところで2022年の東京オリンピックでも再度江ノ島がセーリング競技会場になる。これを期に片瀬江ノ島駅の改築という、駅舎好きにはショッキングなニュースが流れた。理由は老朽化と駅前の整備だという。
いま、原宿駅のようにオリンピックを理由に名駅舎の改築計画が各所で進む。古さゆえにこの駅舎にもダメなところはあるだろう、でも長年愛された竜宮城形駅舎を壊していい理由は、どこにもないと思う。
片瀬江ノ島駅(小田急江ノ島線)
■ホーム:頭端式2面3線
■所在地: 神奈川県藤沢市片瀬海岸
■駅開業:1929年(昭和4年)4月1日
■アクセス:新宿駅から小田急線で約1時間20分
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』『廃線駅舎を歩く』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。
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(杉﨑行恭著、定価1500円+税、交通新聞社)
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