文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)
京都の月別観光客の数は、紅葉時期の11月が飛び抜けて多く、昨年(2016年)は1ヶ月で666万人もが訪れた。紅葉の名所でも終日「イモを洗うような」状態になると思いきや、土曜や休日の午後といったピークを外して、定番コースをちょっと外れるとけっこうのんびり楽しめる。
京都の紅葉名所を走る鉄道で、そんなちょい外しの紅葉満喫旅を実践してみた。
スケールの大きな紅葉を楽しめるのが嵯峨野観光鉄道だ、この路線はJR山陰本線嵯峨(嵯峨野線)嵐山駅に隣接するトロッコ嵯峨駅からトロッコ亀山駅までの7.3㎞を結ぶ観光鉄道。駅名に「トロッコ」がつくように、かつての貨車を改造したトロッコ車両をディーゼル機関車がプッシュ・プル(行きは最後尾から推進、帰りは先頭でけん引運転)して走るトロッコ列車だ。
そして走るのは山陰本線の旧線、洛西の名勝として名高い保津峡に沿って単線の線路が断崖に貼りつくように進んでいく。鉄道にとってそんな“絶景”は難所にほかならず、1989(平成元)年に長大トンネルの別線を複線電化で建設し、旧路線は不要になっていたのだ。ここに貨物のコンテナ化で不要になった古い貨車を改造してトロッコ列車を走らせた。つまり、線路も列車も廃物利用で開業したのが嵯峨野観光鉄道だったのだ。
開業前、1年以上も使われなかった旧線路は「レールもサビだらけ、草もすごく茂っていた」という。わずか9人の社員で復活した旧路線だが、大方の目はいずれローカル線となって廃れていくと思われていた。当初の目標は年間23万人、ところが1991(平成3)年にスタートするや予想の3倍以上の乗客がつめかけ、ミニマムな鉄道会社だったので社長もトイレ掃除をするほどの忙しさだったという。
そんな嵯峨野観光鉄道は、今では年間100万人もが乗車するメジャーな観光鉄道になった。そして30年前から沿線に植え始めた楓が育ち、色づいて真紅の並木を走る列車は事前予約が必要なほどの人気路線になる。
今回は、紅葉ピーク時でも嵯峨野観光鉄道に乗れる方法を考えてみた。
嵯峨野観光鉄道の列車には5両のトロッコ客車が連結されている。11月にもなればほとんどが予約でいっぱいになることが多い。それでも5号車の「ザ・リッチ」だけは当日券専用車で、当日乗車券販売開始時刻8時35分よりも前に、早めに窓口に並べば乗車券をゲットできる。ちなみにこの5号車は窓ガラスもない開放型で、風と光を存分に味わえるから「ザ・リッチ」なのだという。
トロッコ嵯峨駅を発車したトロッコ列車はしばらくJR山陰本線に沿って最初の停車駅、トロッコ嵐山駅に到着する。ここかでJR線山陰本線と別れ、トンネルを出たところから桂川沿いの保津峡に入る。沿線に植えられたモミジ越しに保津川下りの舟も見えるはずだ。すでにそこはもう天下の名勝の一部で、列車はゆっくりと全長84mの保津川橋梁を渡っていく。
ちなみに嵯峨野観光鉄道にはふたつの中間駅がある、今回はトロッコ嵯峨野駅から二つ目のトロッコ保津峡駅で下車することにした。駅名どおりこの駅は保津峡渓谷の中心にあって、渓谷に貼りつくように設けられたホームから一本のつり橋が伸びているだけだ。
京都市右京区の住宅街にあるトロッコ嵯峨野駅からわずか12分乗っただけで、どこにも民家もない絶景の地に出る。これも嵯峨野観光鉄道の魅力だ。
さて、トロッコ保津峡駅で列車を見送ったら、鵜飼橋という歩行者専用の釣り橋を渡って桂川の対岸に出る。休日ならすぐ下を保津川下りの船が次々に下っていくはずだ、
ちなみに駅の出入り口はこのつり橋だけだ。対岸に渡ったらクルマ1台分の幅の道に出る、そこを桂川の上流に向かって西に歩こう。渓谷に沿った快適な道を10分ほど行くと、高々と桂川渡る巨大なコンクリート橋が見えてくる。これが付け替えられた現在の山陰本線で橋そのものがJR保津峡駅になっている。
じつはこのJR保津峡駅のホームが、紅葉の嵯峨野観光鉄道を見る最高のポイントなのだ、つまり新しい山陰本線から明治時代の古い山陰本線を見る形。しばらくするとディーゼル機関車を先頭にトロッコ列車がやってきた。秋の斜光線にて照らされて黄色く色づいたナラやクヌギが金色に輝き、線路沿いのモミジが真紅の帯を作る。そのなかをゆっくりと走るトロッコ列車と保津峡の大渓谷。ここにくればゴージャスな鉄道絶景が簡単に楽しめるのだ。
保津峡の紅葉は一般的に11月下旬、東西に深い渓谷が続くので日が差し込む午前中から昼前がベスト。ちなみにJR保津峡駅から今回の起点、嵯峨嵐山駅まではわずか4分。行きが嵯峨野観光鉄道トロッコ列車、帰りはJR山陰本線。秋晴れに恵まれたらぜひ訪ねたい穴場だ。
【ルート】
トロッコ嵯峨駅→トロッコ保津峡駅・・・JR保津峡駅→JR嵯峨嵐山駅
嵯峨野観光鉄道乗車券620円(乗車区間にかかわらず均一)
当日乗車券販売開始時刻は8時35分(トロッコ嵯峨駅)
座席指定席制だが満員時は立席券を販売するときもある。
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』『廃線駅舎を歩く』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。
『廃線駅舎を歩く』
(杉﨑行恭著、定価1500円+税、交通新聞社)
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