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東慶寺と浄智寺|北鎌倉に並び立つ文化人ゆかりの寺【鎌倉名刹紀行7】

文・写真/鈴木拓也

北鎌倉にある東慶寺(とうけいじ)は、「駆込寺」や「縁切寺」として知られているが、その由緒は700年以上前の覚山尼による開山にまでさかのぼる。

覚山尼は、関東の名門・安達家の出身で、執権・北条時宗の正室であるが、時宗公が病を得て出家するときに、ともに授戒を受けて出家した。そして、時宗公が34歳で逝去した翌年の1285年に、東慶寺を開創する。

覚山尼は、夫の暴力に苦しむ女人を救済する寺法を創始、寺に駆け込んで3年寺入りすれば縁を切れることにしたと伝えられる。以降、東慶寺は“縁切りの尼寺”として、多くの不憫な女人を救済してきた。

男女平等の世になると、ここは多くの文士ゆかりの寺として名を馳せるようになる。いわゆる鎌倉文士が、作品の中で東慶寺を描き、数々の文学碑も境内に建てられた。

例えば山門の手前には、夏目漱石参禅百年記念碑が立つ。細かい字で彫られているのは、漱石の随筆『初秋の一日』で、親友の満鉄総裁・中村是公と、この地を訪ねたおりの出来事が記されている。

夏目漱石参禅百年記念碑

記念碑を右目に30段ほどの石段を上がると、高浜虚子が「親しみのある門」と評した萱葺きの山門にたどり着く。

東慶寺の山門

山門を過ぎてすぐ左に田村俊子記念碑が立ち、そばには第1回の田村俊子賞を受賞した瀬戸内晴美(寂聴)が植えた2本の桜がある。その隣の鐘楼は、大正5年に神津猛居士が材木を寄進して建立したものだが、神津は、島崎藤村の『破戒』の出版費用を援助したことでも知られる。なお、梵鐘は1350年に補陀洛寺(ふだらくじ)から移されたもの。

東慶寺の鐘楼と梵鐘

道なりに進むと、右手に本堂が見え、やがて松岡宝蔵に至る。ここは、東慶寺の寺宝を展示する宝物館で、伝来の蒔絵、書、絵画など、歴史的に貴重な品々が収められている。

宝蔵を入ってすぐのところに佇んでいるのが、木造聖観音菩薩立像(重要文化財)だ。

東慶寺の木造聖観音菩薩立像

像は鎌倉時代後期の作で、もとは太平尼寺の本尊であった。1526年の里見氏の鎌倉乱入の際に奪い去られたが、要山尼が取り戻し、東慶寺の泰平殿に安置されたという。

松岡宝蔵を出て、境内をさらに奥へ進むと、高見順、野上弥生子、小林秀雄、西田幾多郎、和辻哲郎、鈴木大拙、出光佐三ら、歴史に名を遺す文化人や実業家らが眠る墓地が広がる。あたりは静寂に包まれ、ちょこんと安置された名もなき地蔵が、無言で語りかけてくる。小説家の高見順が、作品の構想を練りながらよく散歩したというが、わかる気がする。

東慶寺墓地のそばの地蔵

*  *  *

東慶寺から、鎌倉駅方向に歩いてすぐの、道路から奥まったところにあるのが浄智寺(じょうちじ)だ。開創は1281年。29歳で夭折した、執権・北条時宗の弟の宗政が埋葬された地に創建された。鎌倉五山第四位に列せられた名刹だ。

宋から来た禅僧・無学祖元の筆とされる「寶所在近」(「宝物は近くにある」という意味の禅語)と書かれた山門の先に、宋風様式が印象的な、もうひとつの山門が出迎える。

浄智寺の宋風様式の山門

山門の近くの本堂に祀られているは、本尊の三世仏(県指定重要文化財)。過去、現在、未来の三世にわたり衆生の願いを聞き入れる、ありがたい仏様である。また、本堂の裏手に回ると、観音菩薩立像が安置されている。

浄智寺の本堂

本堂内で祀られている本尊の三世仏

浄智寺の観音菩薩立像(本堂の裏手)

本堂に隣には、大正時代に造られた書院がある。四季折々に花を咲かせる草木に囲まれた空間は静謐さに包まれ、夏の蒸し暑さの中でも涼しげである。

浄智寺の書院

書院の近くに洞穴があり、そこを抜けると、なんともユーモラスな布袋像が立っている。鎌倉七福神のひとつとして知られ、ご利益を求めて寒暑を問わず参詣者がやってくる。像の腹をさすると、元気をもらえるという。

浄智寺の布袋像

東慶寺と同じく、浄智寺も文化人ゆかりの寺として知られる。天柱峰まで広がる広い境内地では、かつて小津安二郎(映画監督)や小倉遊亀(日本画家)らが暮らしていた。そして、墓地では、鎌倉文士のひとり澁澤龍彦が眠る。

鎌倉時代から変わらぬ自然の景観が残る地で、日本を代表する文化人らに思いをはせてみてはいかがだろう。

【東慶寺】
住所:鎌倉市山ノ内1367
電話:0467-33-5100
公式サイト:http://www.tokeiji.com/
拝観時間:8:30~16:30(10月~3月は8:30~16:00)
交通:北鎌倉駅から鎌倉駅方向へ徒歩4分

【浄智寺】
住所:鎌倉市山ノ内1402
電話:0467-22-3943
拝観時間:9:00~16:30(書院は立ち入り不可)
交通:北鎌倉駅から鎌倉駅方向へ徒歩8分

文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。

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