1991年に復元されたアムステルダム号。復元プロジェクトは、失業率の高かった1980年代に若者の雇用プロジェクトとしても機能した。(写真提供:Het Scheepvaartmuseum)

文・写真/福成海央(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)

オランダといえばチューリップや風車が有名だが、17世紀に東インド会社を中心とした大規模な海運、貿易業で財を成した海洋国家でもある。当時の造船技術、航海術は世界随一のもので、大航海時代の先駆者でもあった。

今年は日本とオランダの交流425年を記念する年だが、その始まりも船である。1600年にオランダのリーフデ号が現在の大分県に漂着したことが発端だ。この時の船員にウィリアム・アダムスとヤン・ヨーステンがいる。アダムスは徳川家康に認められ、造船や航海技術を日本に伝えるほか幕府の外交顧問として働いた。そして日本名「三浦按針」として生涯を日本で過ごした。ヨーステンもアダムスと共に幕府に仕え、通訳や外交の場面で活躍した。彼の日本名「耶揚子(やようす)」にちなんだ地名が、現在の東京駅周辺の八重洲であると言われている。

復元された東インド会社時代の船たち

しかし17世紀にオランダからはるばるアジア各地へ赴いた船はどのようなものだったのだろうか。アムステルダム近郊にそれを紐解く2つの興味深い施設がある。ひとつはアムステルダム中央駅から徒歩20分のところにある国立海洋博物館だ。ここには東インド会社が1748年に建造した「アムステルダム号」の復元船がある(上写真)。この船は航海中の海賊や他国からの襲撃に備え、大砲も54門備えていた。博物館の入場者は船内に入り、当時の様子を再現した食堂や船長室などを見て回ることができる。ハンモックに横になってみたり、荷物を上げ下ろしする滑車を使ってみたりと、かつての船上生活を体験できることが特徴だ。

実際のアムステルダム号は不運なことに、処女航海であるインドネシアへの航行中に嵐に遭い、イングランドのペヴェンジー湾で座礁してしまった。しかしすぐに泥に沈み込んだため、保存状態良く現地に残されており、干潮時にはその一部が見える。実はこれを引き揚げてアムステルダムまで移送し、調査研究・展示する計画も進行しているそうだ。

後方の白い建物が海洋博物館の本館。(写真提供:Het Scheepvaartmuseum)

国立海洋博物館では他にも、星を用いた当時の観測技術や計器類、船を彩っていた装飾品の数々、古い海図なども見ることができる。日本語のオーディオガイドも無料で利用可能だ。そして東インド会社の栄華だけではなく、そこにあった奴隷制度や強制労働、階級による差別などの歴史についても触れている。

ちなみに毎年8月にはプライドパレードの船がここから出発する。LGBTQの祝祭であるプライドパレードとはセクシャリティやジェンダーの多様性を祝うイベントで、アムステルダムでは運河を舞台に開催される。個性的に飾り付けられた船が順次パレードに向かう様子は、ここでしか見られないものだ。

プライドパレードに参加する船と、アムステルダム号。

もうひとつはアムステルダム中央駅から電車で1時間半ほどのところにあるバタヴィアランド。こちらには同じく東インド会社が1628年に建造した「バタヴィア号」の復元船がある。バタヴィア号はインドネシアへの航行途中、オーストラリア西側のサンゴ礁域で座礁した。この事故で多くの乗組員が亡くなったが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。

バタヴィア号の復元船。こちらもバタヴィアランド入場者は実際に船に乗ることができる。

生き残った船員の一人である下級商人が権力を握り、恐怖政治を始めたのだ。歯向かうものは容赦なく処刑し120人以上が命を奪われた。他の船員がインドネシアへ向かい救援を呼び、一連の事件は終焉を迎えたが、事の経緯は詳しい記録が残っており小説にもなっている。バタヴィア号は1960年代に引き揚げと調査が行われ、現在は西オーストラリア難破船博物館にその実物が展示されている。

復元された船内には大砲やキャプスタン(棒を差し込んで人力で回し、錨を上げたりロープを巻き取ったりするウインチの一種)などがあった。

バタヴィア号の復元プロジェクトも1980年代に行われ1995年に完成した。この施設では現在、別の木造船の復元プロジェクトも行われている。造船所では間近で造船現場を見学したり、ロープや帆、装飾品など当時と同じような手法で製作する様子が見られる。手作業で船を作るというのがどれほど大変だったかを実感できるが、東インド会社は約200年の間に約4700艘も造船したというから驚きだ。

昔の製法でロープつくりを体験し、子どもたちはそれを縄跳びにしてもらって持ち帰ることができた。
こちらは帆を制作する工房。手動の機織り機もあった。

5年に一度開催される帆船の祭典へ

さてオランダでは、そんなかつての海洋国家の栄華を誇るようなイベントがある。世界中から名だたる帆船が集う「セイル・アムステルダム」だ。1975年から始まった帆船の祭典で5年に一度開催されている。前回は新型コロナウイルスの影響で開催は中止となったため、今年は実に10年ぶりの開催だ。2025年8月20日~24日の5日間開催された。

船の前には説明パネルが置かれていた。実際に乗船できる船が多いが、人気の船は1時間以上並ぶ長蛇の列になっているところも。

セイル・アムステルダムでは、世界中から800艘以上の大小さまざまな船がアムステルダムのアイ湾に集う。大型帆船の他、軍艦や歴史的な船なども一堂に揃うまさに船の祭典だ。遠くはペルーやウルグアイからも参加している帆船もあった。期間中は船内を見学できたり、特別イベントも多数開催されるとあって多くの人で賑わい、来場者数は250万人に上った。

最終日は、集結した船が北海を目指し一斉に帰路に着くセイル・パレードが最大の目玉。アイ湾から北海までの約18kmの沿岸には多くの人が集まり、勇壮な眺めを楽しんでいた。しかしこれだけたくさんの船が一度に動いているのは見たことがない。圧巻の光景だった。

ラテンアメリカ最大の帆船であるペルー海軍の練習船。
悠然と進む大型帆船と、見守る沿岸の人々。
連なって北海を目指す船たち。個人のボートで伴走しながら見学する一般人も多い。

東インド会社時代、17世紀の船はみな風の力を動力とする帆船だった。風の力だけで海を渡り、時に戦い、遥か目的地を目指すのは想像以上に過酷なものだっただろう。19世紀には蒸気船が実用化され、現在ではディーゼル燃料や液化天然ガスを用いたエンジン船が主流だ。だが科学技術が発展した現代でも、帆船の美しさや雄大さは多くの人を魅了している。それは危険をはらんだ未知への挑戦、そして前へ進み続ける好奇心を、私たちの心に呼び起こしてくれるからかもしれない。

【取材協力・写真提供】
Het Scheepvaartmuseum https://www.hetscheepvaartmuseum.com/
Museum Batavialand  https://www.batavialand.nl/

文・写真/福成海央(オランダ在住ライター、科学コミュニケーター)
2016年よりオランダ在住。元・科学館勤務のミュージアム好きで、オランダ国内を中心にヨーロッパで訪れたミュージアム、体験施設は100か所以上。世界各地の研究者にまつわる場所をめぐることも好き。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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