大河ドラマや時代劇を観ていると、現代では使うことなどない言葉や書物、作品などが多く出てきます。その言葉の意味を正しく理解していなくとも、場面展開から大方の意味はわかるので、それなりに面白くは観られるでしょう。

しかし、セリフの中に出てくる歴史用語をわかったつもりで観るのと、深く理解して鑑賞するのとでは、その番組の面白さは格段に違ってくるのではないでしょうか?

【日本史ことば解説】では、「時代劇をもっと面白く」をテーマに、「大河ドラマ」や「時代劇」に登場する様々な言葉を取り上げ、具体的な例とともに解説して参ります。時代劇鑑賞のお供としていただけたら幸いです。

さて、今回は「うぬぼれ男」が主人公の滑稽な黄表紙『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』という書物をご紹介します。出版者は、蔦屋重三郎(つたや・じゅうざぶろう)です。

現代の私たちにはなじみの薄いタイトルですが、当時の江戸っ子たちを笑いの渦に巻き込んだ大ヒット作でした。

京傳 作 ほか『江戸生艶気樺焼 : 3巻』,[蔦屋重三郎],[天明5(1785)].
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/9892607

目次
『江戸生艶気樺焼』とは?
『江戸生艶気樺焼』の社会的背景と意義
まとめ

『江戸生艶気樺焼』とは?

『江戸生艶気樺焼』は、天明5年(1785)に刊行された黄表紙と呼ばれる絵入りの滑稽本です。作者は戯作者・山東京伝(さんとう・きょうでん、北尾政演)。画も自ら手がけています。書名は、江戸名物「うなぎの蒲焼(かばやき)」をもじったもので、ひと目で洒落が通じる江戸っ子の美意識と笑いのセンスがうかがえます。

物語の主人公は、百万長者の仇気屋(あだきや)の一人息子・艶二郎(えんじろう)。彼は顔立ちに恵まれない「醜男(ぶおとこ)」ながら、なぜか自惚が強い。悪友たちにそそのかされて、世間に色男として名を売ろうと奔走します。

芸者に50両を握らせて惚れたふりをさせたり、吉原の遊女と偽の心中を企てたりと、次々と奇策を繰り出しますが、どれも裏目に出ては失敗。しまいには盗賊に襲われて丸裸になるというオチが待っています。実はこの「受難」すべて、父親と番頭が彼の行状を戒めるために仕掛けた計略だったのです。

物語は、艶二郎が自らの愚かさを悟って改心し、真人間への一歩を踏み出すという結末で幕を閉じます。

京傳 作 ほか『江戸生艶気樺焼 : 3巻』,[蔦屋重三郎],[天明5(1785)]. 
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/9892607

『江戸生艶気樺焼』の社会的背景と意義

この作品は、江戸後期の町人文化が成熟していく時代に生まれました。商家の若旦那たちが贅沢にふけり、虚飾を好む風潮が広がる中、艶二郎のような「うぬぼれ型浮薄青年」は決して珍しい存在ではなかったようです。

そんな時代背景をふまえ、『江戸生艶気樺焼』は、お金にものを言わせて虚名を追い求める若者への痛烈な風刺として、江戸庶民の共感と笑いを呼びました。艶二郎の「京伝鼻」と呼ばれた特徴的な獅子鼻も大流行し、艶二郎という名は「うぬぼれ男」の代名詞として定着したそうです。

その人気ぶりから、作者の山東京伝は続編的な作品『通言総籬(つうげんそうまがき)』(1787年)も発表。『江戸生艶気樺焼』は黄表紙の代表的傑作として、また京伝の出世作として文学史にその名を残しました。

まとめ

『江戸生艶気樺焼』は、ただのおふざけ本ではありません。登場人物の滑稽な振る舞いの奥には、江戸の町人たちが大切にした「人としての品格」や「親の教え」が描かれています。

当時の読者が笑いながら自分たちの暮らしを見つめ直したように、現代の私たちも、艶二郎の姿にどこか身に覚えのある「人間味」を感じるかもしれません。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/菅原喜子(京都メディアライン)
HP:http://kyotomedialine.com FB

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『世界大百科事典』(平凡社)
『国史大辞典』(吉川弘文館)

 

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