文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)
シカゴからロサンゼルスまでの約3,600km、北米大陸をほぼ横断する鉄道路線がある。全米にネットワークを持つ長距離鉄道会社『Amtrak』(アムトラック)が運行する『Southwest Chief』(サウスウェスト・チーフ)である。
このサウスウェスト・チーフにアルバカーキから乗り込み、ロサンゼルスまでの旅をした。ニューメキシコ州、アリゾナ州、カリフォルニア州の西部3州を通り過ぎ、その間には1時間の時差を挟み、実際の乗車時間は約18時間。アルバカーキを午後3時半頃に出発し、ロサンゼルスには翌朝の8時半頃に到着する。

アムトラックは公式ウェブサイト(https://www.amtrak.com/)でアルバカーキとロサンゼルス間の運賃に3つの選択肢を掲示している。コーチと呼ばれる普通のシート、折り畳み式のベッドがついた個室(ルーメット)、さらにシャワー・トイレ付きのベッドルームだ。当然のことながら、運賃は記述した順に高くなる。2025年5月1日現在の大人ひとり分価格はコーチ196ドル(約27,440円)、ルーメット446ドル(約62,440円)、ベッドルーム1,187ドル(約166,180円)となっている。
*1ドル140円で計算。以下すべて同じ。
もしコーチを選ぶ気力と体力があるならば、それはたぶん現在のアメリカでもっとも安い移動手段なのではないだろうか。ダイハードなバックパッカー向けのイメージが強い長距離バス『グレイハウンド』ですら、公式ウェブサイト(https://www.greyhound.com/)によればアルバカーキからロサンゼルスまでのバス運賃は235.98ドル(約33,037円)なのだ。つまりアムトラックのコーチより高くつく。
ちなみにこの行程の所要時間は鉄道でもバスでもほぼ同じ約18時間である。アムトラックは新幹線のような高速鉄道ではない。深夜でも律儀に各駅に停車する。深夜特急ではなく、単なる夜行列車だ。それに寝台付きの車両もついているのだと考えてほしい。
夜行バスにしても、夜行列車にしても、筆者はそうしたキツイ旅をするには根性がいささかすり減ってしまっている。今回利用したのはアムトラックのルーメットだ。

ルーメットはスライドドアのついた個室である。室内はカプセルホテルのような広さで、とくに豪華というものではない。それでも、少なくとも不潔ではないし、不足しているものもとくにはない。足を伸ばせる対面式のソファがあり、中央にテーブルがある。このソファを倒すとベッドになる。上段にはバンクベッドがあるので、2人でも利用できる。2人分の運賃は586ドル(約82,040円)なので、ひとり利用と比べるとぐっと割安感がある。ホテル代が浮くことを考えると、たぶん飛行機を利用して旅をするよりも経済的ではないだろうか。

今回の出発地に選んだアルバカーキは来年に100周年を迎える旧ルート66の途中にある。サウスウェスト・チーフの線路はここからロサンゼルスまで、この歴史的に高名な道路とほぼ並行するように走っている。ギャラップ、フラッグスタッフ、バーストウ、サン・バーナーディーノなど、停車駅には1946年の名曲『ルート66』で歌われた地名が次々と現れる。
もっとも、駅で停車するわずかな時間を除けば、車窓から見えるものと言えば地平線ばかりという印象を受けるかもしれない。地形には多少の起伏があるが、人工の建物がまったく目に入らない大平原が延々と続く。こうして地面を這って移動してみると、アメリカはつくづく広い国であることをあらためて実感することになる。


日本では夜行列車というものが姿を消しつつある。定期運行している「サンライズ出雲」と「サンライズ瀬戸」を除くと「ななつ星 in 九州」のような豪華なクルーズトレインくらいになってしまった。
しかし、アムトラックは現在でも北米大陸を横断、あるいは縦断する列車をいくつも走らせている。今回の18時間はまだ短い方で、なかには30時間、40時間といった長いものもある。
そして、鉄道を使った旅の人気は徐々に高まってもきている。アムトラック全体で、2024年度の乗客数は前年比15%増、収益も同じく9%増で、どちらも史上最高値を更新したということだ(ソース:https://www.railway.supply/en/more-americans-rode-amtrak-trains-in-2024-setting-a-new-ridership-record/)。
長い間、アメリカの国内移動は飛行機+レンタカーが主流で、どうしても安くあげたい人はバスを利用することが一般的だった。最近になって鉄道が見直されている背景には、ガソリン代の急騰、飛行機の混雑、環境保護意識の高まりなど、様々な理由が考えられる。
アムトラックの駅は都市の中心部にあることが多いし、他の地域鉄道や長距離バスのターミナルを兼ねていることもある。車の運転を避けて米国を旅するには便利な選択肢だ。
すべての列車は公式ウェブサイト(https://www.amtrak.com/)で予約できる。スケジュールを確認して、なるべく日中の時間帯に駅を発着する列車を選ぶことをお勧めする。夜間に到着しても、動きがとれないからだ。むろん、駅のベンチで朝を待つ、なんて元気がある人はその限りではない。

文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。
