落雷が脳天直撃で天誅を受ける治済(演・生田斗真)。(C)NHK

ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)最終回では、阿波徳島に移送される途中の一橋治済(演・生田斗真)が雷に打たれて亡くなるという展開になりました。

編集者A(以下A):そうか――治済を殺しちゃうのか、というのが率直な印象です。「主君押込め」ということで替え玉と交代のうえ徳島に送られたわけですから、徳島の地で軟禁という設定でよかったのにと思って見ていました。まあ、でも雷という自然災害により命を落としたことにより、蔦重(演・横浜流星)はもちろん松平定信(演・井上祐貴)など、この計画に関わった人々は「手を汚さず」、「天の意思」により治済は成敗されたということになります。

I:時代劇の王道のチャンバラではなく、成敗されたところも、ある意味新しいかなと思いました。

A:こういう亡くなり方をした治済は、素直に成仏してくれるんでしょうか。排除された人物が怨霊化するというのが、平安時代などだとポピュラーでした。菅原道真は、不遇の中で任地の大宰府で亡くなりました。その後、藤原時平の39歳での病死など、道真左遷に関わった人物の死が相次ぎ、道真の怨霊だということで恐れられました。極めつけは延長8年(930)に内裏清涼殿への落雷で藤原清貫などこれも道真左遷に関与したといわれる貴族に死傷者が出て、道真の怨霊の恐怖に貴族社会はおののくのです。でも、江戸時代にもなると、そういう考え方はあまりないかもしれませんね。

I:怨霊ということでいえば、劇中の設定では、亡くなった治済の傍らに「(平賀源内のような)変わった髷」を結った男性が佇んでいました。あれやっぱり源内(演・安田顕)という設定なのでしょうか。

A:あえて顔を映さないのは、視聴者に判断をゆだねているということでしょう。ただ、確かに源内の衣装でしたね。

斎藤十郎兵衛、最後の最後にこうきたか

治済へのなりすましがすっかり気に入った斎藤十郎兵衛(演・生田斗真)。(C)NHK

I:さて、一方の斎藤十郎兵衛(演・生田斗真)です。十郎兵衛が写楽絵の大首絵の顔を描く。見守る蔦重。

A:こういう形で、写楽=斎藤十郎兵衛という構図に「軌道修正」されたわけですね。よく考えたなと、感心しました。

最終回で本居宣長登場のわけとは

伊勢松坂に本居宣長(右/演・北村一輝)を訪ねた蔦重(演・横浜流星)。(C)NHK

I:私がぐっと来たのは、吉原の公儀お墨付き『新吉原遊女町規定証文』が誕生したことですね。『べらぼう』の物語の前半では、蔦重がしきりに吉原の「女郎たちの待遇改善」を口にしていたのですが、後半ではあまり触れられなくなったので、蔦重、吉原の女郎のことは忘れたの? と思ったりもしていたのですが、最終回でしっかり落とし込んできました。それがなんか心に残りました。

A:大店(おおだな)の主になって、そんなことができる力を得たということでしょう。吉原の女郎のことは片時も忘れることはなかったのだと思いますよ。

I:そうですね。さて、最終回という段階で本居宣長(演・北村一輝)が登場しました。蔦重の伊勢松坂旅行は史実で、本居宣長の日記にも記されているエピソードですが、物語の最終回にぶち込んできたのには、何かわけがあるのでしょうか。

A:三重県の地元紙には、2025年1月下旬に松阪市長と本居宣長記念館の名誉館長がNHKを訪問して、『べらぼう』劇中で本居宣長と蔦重の面会シーンを取り上げてほしいと要望していた、というニュースが報じられていました。全国の自治体関係者がこれを見て、勘違いされると困りますので敢えて言及しますが、市長などの首長が要請したから採用されるというのはほぼないと思われます。むしろいろいろ動いたのにまったく地元が取り上げられなかったと落胆する自治体関係者の姿を目の当たりにすることも多いので、今回はたまたま本居宣長の登場が意味あるものだったんだと思います。

I:本居宣長の登場については、12月9日にチーフ演出の大原拓さんのリモート取材会がありましたので、質問しました。大原さんの答えをどうぞ。

実際に本居さんと会っているっていう史実があるので、それを活用したということに加え、晩年になっても、とにかく本づくりにまい進する蔦重っていうのが一番重要です。伊勢まで行って、本居さんとも会った、というのが大きい理由です。いつまでも商売人として商いを拡大するということだけじゃなくて、ちゃんと書を耕す……。身上半減になろうが、何しようが、とにかく前に向かっていく、広げていくっていう、それを表現するための本居さんですね。

A:実際に、蔦重と本居宣長の面会のシーンを視聴して、じつはもっと深い意味があると思いました。本居宣長の旧居は松坂城の近くに移築されて現存し、国の史跡として一般に公開されています。江戸は明治維新で東京となりましたが、幕末から現代にかけて、安政江戸地震(1855)、関東大震災(1923)、空襲(1945)という惨禍に遭って、当時の建物はほとんど残っていませんし、吉原にも日本橋にも蔦重が暮らした建物は残っていません。ところが、松阪にある本居宣長の旧居は当時のまま。実際に「蔦重が居た空間」としては数少ない場所なんですよね。蔦重ゆかりの地巡りを考えている方には、ぜひ訪れてもらいたい場所のひとつです。

I:劇中の対面シーンをみると、旧居のつくりを可能な限り再現しているなと感じています。いつもながら大河ドラマ美術スタッフの方々の精緻な取り組みに感嘆させられます。『べらぼう満喫リポート』では、「美術スタッフの方々の労作」に触れる機会があまりなかったのですが、最終回に触れることができてよかったです。

A:本居宣長記念館や本居宣長旧宅は松坂城の敷地内にあるのですが、松坂城は、天守閣などの建造物こそありませんが、石垣愛好家でなくとも息をのむ壮麗な石垣が有名です。さらには、「松坂城御城番」の住居「御城番屋敷」など見どころ満載です。「御城番屋敷」は今もご子孫の住まいを兼ねているという珍しい文化財です。

I:近鉄特急に乗車すれば伊勢神宮最寄りの宇治山田駅まで15分もかかりません。お伊勢参りがてら、訪れていただきたいですね。

大河ドラマで『古事記』の伏線なのか?

A:少し脱線するのですが、私は本居宣長の登場は、大河ドラマで『古事記』を採用するための観測気球ではないのだろうかと思ったりしています。

I:また、そんなふうに都合よく解釈する……。大河ドラマで『古事記』なんて、ありえないのではないでしょうか!

A:そんなことはありません。かつて昭和50年代までは、大河ドラマで『太平記』を取り上げるのは不可能だといわれていました。南北朝に分かれた皇統の扱いが問題視されていたのです。ところが平成に入って間もない1991年に真田広之さんを主人公にした『太平記』が制作されました。確かに『古事記』の大河ドラマ化など「何をいっているんだ」という反応が多いかと思いますが、不可能とは思えません。

I:『古事記』を大河ドラマになど、正気の沙汰とは思えません。一口に『古事記』といってもその扱われている時代は、イザナギ、イザナミの「国生み神話」から、天の岩戸伝説、スサノオの冒険、国譲りなど、豊富かつ日本各地に伝承が残る様々な神話などから成り立っています。まず、誰が主人公で、数多いエピソードのなかから何を題材にするのか……。難題が待ち受けています。

A:昭和34年(1959)には東宝の1000作品目の記念作品として『日本誕生』という大作映画が制作されています。主役の日本武尊(ヤマトタケルノミコト)に三船敏郎、天照大神(アマテラスオオミカミ)に原節子など大物俳優が多数出演した映画で、『古事記』『日本書紀』で描かれた神話を実写化した意欲作です。AmazonPrime Videoなどのサブスクで視聴可能なので興味のある方はぜひ!

I:なるほど。そんな映画があったのですね。今度見てみますね。

A:大河ドラマも2026年の『豊臣兄弟!』で65作を数えます。もっとも古い時代を描いたのは、1976年の『風と雲と虹と』です。主人公は平将門。10世紀の人物です。『古事記』が採用されたら、一気にさかのぼることになりますね。わが国に現存する最も古い書物だといわれている『古事記』ですが、その物語について、どれだけの人が理解しているでしょう。大河ドラマで取り上げられると「解像度がアップする」といわれていますからね。ドラマとして成立する余地があるのであれば、ぜひみてみたいです。

A:『べらぼう』劇中では、蔦重と本居宣長の間で、「儒学は〈すべき〉〈なすべき〉〈こうあるべき〉。政には都合の良いうってつけの考えだ。でも、そりゃ異国のもんで~~」という台詞がありました。でも、さかのぼれば、「仏教伝来以前の日本」というテーマもおもしろい素材だと思うのですが……。

脚気で亡くなった蔦重

I:さて、蔦重は脚気で亡くなるわけです。劇中でも説明されていましたが、脚気は「江戸患い」とも称されたようです。明治までは脚気で亡くなる人も多かったようですが、今ではそれほど重大な病とは認識されていません。

A:50年後、100年後には「がん」もかつての脚気のように「昔はこの病気で亡くなる人が多かった」ということになっているといいですね。さて、そんなこともふくめて、蔦重は生き急いだというか、仕事を詰めすぎたというか、もっと健康に留意していたらとか思わずにはいられないですね。いままさに「働いて働いて働いて~」という宰相がいるわけですが、周囲がセーブして、くれぐれも「健康第一」ということは徹底してほしいです。

I:なんだか、今週で最後って信じがたいです。長谷川平蔵(演・中村隼人)は蔦重より先に亡くなっていますし……。なにか、スピンオフやってほしいですね。

病床の蔦重(演・横浜流星)と妻のお貞さん(演・橋本愛)。(C)NHK

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。11月10日に『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』も発売。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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