文・写真/布施泉(海外書き人クラブ/カナダ・トロント在住ライター)
カナダといえばロッキー山脈やナイアガラの滝など、自然を満喫する旅をイメージする方が多いだろう。しかし、その美しい自然の裏で、戦争に翻弄された日系人の悲しい、しかし、逞しく生きた歴史がある。そして彼らの中には、その体験を未来への希望に変えた人々がいる。
その一人がレイモンド・モリヤマである。カナダを代表する日系建築家であり、彼の作品は、幼少期の体験から発想を得たものが多い。平和への想いをカタチにしたモリヤマの空間芸術。その一つひとつを訪れると、日本人としての誇り、強さ、細やかさが体感できる。

写真提供:Nikkei National Museum & Cultural Centre 2001.4.4.5.58
レイモンド・モリヤマは、1929年ブリティッシュコロンビア州バンクーバーで生まれた。4歳の時に自宅で全身に大やけどを負い、8か月間の療養生活を余儀なくされる。その時、自室の窓から見える建設現場での様子が彼の運命を決める。基礎工事から始まり、徐々にカタチになっていく建築物の傍で作業員に指示を出す建築家。彼のドリームジョブが決定した瞬間だった。
その後、第二次世界大戦の勃発とともに、父親はオンタリオ州の戦争捕虜収容所へ。12歳のモリヤマは母親と幼い2人の妹とともにバンクーバーのヘイスティングス・パークの強制収容所に送られる。
この家族離散と強制収容所の様子を「戦争は地獄」と評するモリヤマ。無数の虫がわく馬小屋の一区画が親子の住みかとなり、寒さに耐え、自由を奪われた身体的苦痛と、自分が生まれた国に「敵性外国人」と見なされ、収容所へ追放される心理的地獄の両方をあじわった。
その後送られたロッキー山脈にあるスロキャン捕虜強制収容所では、幼少時に負った火傷のためにイジメに合い、誰にも裸姿を見られないよう、一人凍える川で体を洗った。そして、その見張りのために建てたツリーハウスが、彼の建築家としての原点となり成功の支えとなる。
ツリーハウスから眺める光景を目にして、少年はつぶやいた。
「どうしてこんなに素晴らしい自然のあるカナダに、こんな醜い人間がいるのだろう?」
モリヤマの作品は戦争体験にもとづく「民主主義」をカタチにした空間芸術だ。また、彼の建築に対する姿勢は「人間的、平等、包摂」を追求するもので、あらゆる作品に投影されている。
トロント・リファレンス・図書館(Toronto Reference Library)

トロント・リファレンス・ライブラリーの主たるデザインコンセプトは「空っぽの器(empty cup)」。1階のフロアから見上げる吹き抜けの天井、各階の壁のないオープンスペースは、まるで建物の中身をくり抜いた空洞の様相だ。利用者が知識や経験を満たし、学びを深めていく大きな器を表現している。

写真提供:Shai Gil
誰もが自由に、そして平等に利用できる図書館は、まさにモリヤマが描く「民主主義・平等・包摂」をカタチにした空間。ここは移民国家カナダを象徴するように、世界中から集まった人々が自らを創造する「人間的」な場所でもあり、人間の可能性を近未来的なデザインで表現した芸術的建築物ともいえる。

写真提供:Shai Gil
789 Yonge Street, Toronto, ON
地下鉄ライン1 :Bloor(ブロアー)駅/ライン 2:Yonge(ヤング)駅下車 北へ徒歩3分
カナダ戦争博物館(Canadian War Museum)

写真提供:Tom Arban
モリヤマにとって、このプロジェクトは感慨深いものになったに違いない。自身の戦争体験を通して語る、いわば記憶の再生。
この建築物の着想は、強制収容所での過酷な生活の中、唯一心の癒やしとなったあのツリーハウスから得たそうだ。ツリーハウスから見える、そして聞こえる自然の美しさ。恐ろしい嵐も、穏やかな晴れも、そして美しい夕日も、すべて自然の美の一部であり永続的。
自然との共存を表現した屋根一面を覆う緑の植物。そして幾何学的なデザインの外装と、床や壁に傾斜を多用した内装デザインは、訪問者に芸術的な要素と戦争に対する不安を体感させる試みだ。

写真提供:Tom Arban
自然はどんなに過酷な環境でも再生を繰り返し、その美しさを保つ。カナダ戦争博物館は、「戦争による破壊から再生」を体現し、モリヤマの「平和」への祈りを込めたカナダのランドマークである。
1 Vimy Place, Ottawa, ON
国会議事堂から西へ徒歩約20分
https://www.warmuseum.ca/
カナダ大使館

写真提供:Moriyama Teshima Architects
このプロジェクトは、モリヤマにとって大変名誉なことだったろう。日本人としての歓び、そしてカナダ人としてのプライドをもって表現した西洋文化と和文化の融合。

写真提供:Moriyama Teshima Architects
幼少時に火傷の治療のために日本に滞在した時の祖父の言葉がよみがえる。
「完全にまん丸な月よりも、少し欠けた不完全な月の方が美しい。人間だって完全ではない。でも、その不完全なものには魔法がある」
この「不完全の中の美」は、モリヤマ自身の建築美学として生きている。
東京都港区赤坂7-3-38
東京メトロ半蔵門線・銀座線、都営大江戸線 青山一丁目駅下車 4番出口から徒歩約4分
https://www.international.gc.ca/country-pays/japan-japon/embassy_visit-visits_ambassade.aspx?lang=jpn
日系アメリカ人は終戦後に財産は形式上返還された。しかし日系カナダ人は、政府によってすべての財産が処分され、終戦後も返却されなかった。日系カナダ人たちは、戦時補償を求める「レドレス運動」を繰り広げ、政府は1988年にようやく日系人に対する非を認め補償合意書にサインした。
2023年に93歳でこの世を去ったレイモンド・モリヤマ。生前はその功績が讃えられ、数多くの賞を受賞し、名実ともにカナダを代表する建築家として名を馳せている。
彼の遺した建築物を訪れることで、わたしたち日本人が知らなかった日系カナダ人の軌跡の一端を体感してほしい。
【参考文献】
‘We were immediately cast as enemy aliens’:https://macleans.ca/news/canada/architect-raymond-moriyama-on-internment/
The Architecture of a Life Out of hardship, Raymond Moriyama built the foundation of his career:https://magazine.utoronto.ca/people/alumni-donors/raymond-moriyama-architect-canada-japanese-pow-camp/
【写真提供・協力】
Moriyama Teshima | ARCHITECTS:https://mtarch.com/
NNMCC:https://centre.nikkeiplace.org/
カナダ日系文化会館:https://jccc.on.ca/
文・写真/布施泉
カナダ・トロント在住のフリーランスライター。企業のオウンドメディアやインタビュー記事ほか、複数のメディアにカナダ情報を執筆。岡山県出身、神戸に長く住んでいた自称神戸っ子。映画と筋トレをこよなく愛し、世界を旅するノマドライフに憧れている。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。











