文・写真/杉﨑行恭

季節が変わったことを実感できる満開の桜。「春の門出や別れの背景にはサクラが一番」と誰かが考えたのか、昔から駅の周囲に桜が植えられてきた。確かに満開の桜と駅は実によく似合う。しかも、少し郊外に出れば「密」にならない駅ばかり。そこで、さほど有名ではないけど、見事な春景色を見せてくれる桜の駅をご紹介しよう。

小湊鐵道 飯給(いたぶ)駅

内房線の五井から上総中野まで、房総半島を横断するように線路を延ばす小湊鐵道には、いい感じの木造駅舎がならぶ非電化単線の私鉄として知られている。その飯給駅はホームに待合所があるだけなので、私のような駅舎好きにとってはスルーしてしまうところ、でも春になると駅の周りだけがピンク色のカタマリになる。ちょう桜の開花に合わせて菜の花が咲き田んぼに水が張られ、その水鏡に映った駅はまさに忘れられない情景が展開する。ここは地元の方々が駅舎展望用の小径を整備してくれている。ちなみに「飯給」という名の由来は、壬申の乱で逃れてきた大友皇子(天智天皇の皇子)に村人がご飯を献上したところと伝えられ、近隣では昔から大友皇子伝説が語られているという。

御殿場線 谷峨駅

御殿場線といえば山北駅の桜のトンネルが有名だが、私はその隣(御殿場より)の谷峨駅も大好きな桜の駅だ。スケールの大きな酒匂川の渓谷にあって傾斜地にあるホームの土手に植えられたソメイヨシノが立派に育っている。駅舎やホームでも桜は楽しめるが、ここは改札外の跨線橋からも良き眺めを堪能したい。国道246号線や東名高速道路が巨大な橋で上空を通過する主要ルートのすぐ近くに、ひっそりとたたずむ桜の駅は何時間いても飽きない。ただし駅舎に自販機があるだけで、周囲にお店が一軒もない静かな駅だ。この谷峨駅はかつて上り下りの列車交換するための信号場で、昭和22(1947)年に地元の請願によって駅に昇格した歴史を持つ。工事にあたって地元の人々も協力したといい駅周辺の桜も、そんな思いを後世に伝えるように咲き誇っている。

伊東線 伊豆多賀駅

熱海と伊東を結ぶJR伊東線も各駅に桜が多く見られる路線。なかでも伊豆多賀駅は海を見下ろす高台にある駅で、春の日に改札口から一歩出ると桜にかこまれる。階段上の駅舎に斜面に植えられた桜の大木が枝を伸ばし、視界いっぱいの桜が迎えてくれるのだ。たぶん伊東線各駅のなかでも桜の密度はここが一番かもしれない。駅前が道路の終点になっていて、桜見物の人たちがのんびりベンチですごしたりしていい雰囲気だ。標高63mの伊豆多賀駅から線路に沿って網代方向に向かう道が「四季の道」として整備され、ところどころに桜も植えられ相模湾の絶景も楽しめる。また長浜海岸に下れば海鮮料理の店も集まっている。ここは桜見物の穴場といえるだろう。

青梅線 石神前駅

改札口にスイカ端末があるだけだが、駅前の桜の大木が四方に枝を伸ばして、圧巻の桜を見せてくれる。そんな風景を見て、おもわず途中下車したのがこの石神前駅だ。ちょっと駅舎と桜の老木がアンバランスだが、ここも駅頭に花壇があって居心地のいい空間になっている。花を見ていたら「昔はここに遊園地があって、その玄関の駅だった」と散歩のオジサンが教えてくれた。調べると戦前までは青梅線の前身、青梅鉄道が開設した楽々園遊園地があり、駅も楽々園停車場という名だった。多摩川沿いに洋風ホテルや演芸場、プールもある立派な通園地があったという。おそらく、桜はその時に植えられたものだろう。青梅駅のちょっと先に、こんな桜の駅があるとは知らなかった。

秩父鉄道 浦山口駅

ここも桜につられて思わず途中下車した。秩父の市街から三峰口へ向かう電車はやがて深く侵食された浦山川をトラス橋で渡る。その橋の直前に停車した駅に満開の桜があったのであわてて下車。築堤上にあるこの浦山口駅にはいい感じの木造駅舎と、桜の老木がホームに覆いかぶさるように茂っていた。しかもその前で入学式帰りの小学生が両親と写真を撮っていた、まるで昭和の日本映画を見るような駅だ。坂道を下り駅全体が見渡せる小さなお稲荷さんに上ると、箱庭のような風景がひろがる。満開の桜とハナモモが咲くなか、電車が現れてから消えるまでワンショットで堪能できた。ここは秩父のシンボル武甲山の登山口にあたり、駅に戻るとき大勢の登山者たちがガード下に湧く「不動名水」で喉をうるおしていた。

富士急行 東桂駅

ホームに沿ってずらりと並ぶ桜並木が地元では有名で、満開になると通過する観光列車も徐行するほど。そんな東桂駅は古びた木造駅舎の前にも見事な桜が一本あって、個人的にはこちらのほうが好ましい。中央本線の大月から富士山麓の河口湖を結ぶ富士急行には、沿線の各駅に桜が植えられている。しかも東京周辺の桜が終わったタイミングで咲き始めるのも好都合だ。この東桂駅から歩いて15分ほどの鹿留発電所もの桜ポイント、大正時代に建設された発電所の構内や送水管に沿って桜が密集。富士急行沿線では比較的地味な東桂も、桜の時期だけは人気の駅に変身する。

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

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