文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)
高松築港駅から高松琴平電鉄(通称ことでん)に乗った。電車は高松城址のすぐ隣を通過して中心街に入っていく。
乗っているのは神奈川県民には懐かしい元京浜急行700形、ことでんでは1200形という形式番号で走っている。京浜急行とことでんは線路幅が同じ(軌間1435mm)という縁で、歴代の京急電車が走っているのだ。
電車は高松市内のターミナル、瓦町駅から琴平線に入って一路「こんぴらさん」で有名な琴平にむかってひた走る。やがて車窓には畑や丘も目立つ風景になってきた。
そして綾川町に入ったところにある滝宮駅で電車をおりた。ここはあの弘法大師、空海から麺の製法を伝授されたという伝説が残る讃岐うどん発祥の地なのだ。
だから綾川町は「うどん県」香川のなかでも特別な場所なのである。とはいっても駅前にはすこし古びた街並みが続いているだけだ。
そしてここには今回紹介する滝宮駅舎という、ことでん最古の駅舎が残っている。
あらためて駅舎をながめる、急傾斜の瓦屋根に下見板張りの壁を巡らせた洋館スタイルがいい。まるで北ヨーロッパの農家のような大屋根だ。
玄関には袴腰風のペディメントも張り出して「ここが玄関であるぞ」と主張している。しかも駅頭に据えられた丸型ポストがよき風景をつくり出している。
帰ってから高松琴平電鉄の社史を読んだら、滝宮駅は大正15年の旧琴平電鉄の第一期開通時に終着駅として開業した駅だった。そして「関西大手私鉄の駅を参考にいくつかの駅舎を建設した」という。おそらく、その当時は洋館駅舎がほかにもあったのだろう。
国鉄の駅舎が貨物の扱いも兼ねた大柄の建物だったのに対して、近郊輸送に徹した私鉄電車の駅がすでに完成していたことがわかる。つまり切符売り場と改札口だけで、待合所を省略した駅舎なのだ。
その分、モダンで軽快な洋館駅舎が私鉄駅の特徴だったのだ。
滝宮駅ではいまも有人駅で、改札窓口ではきっぷの入鋲も行っている。しかしことでんのIC乗車カードIrucaの導入でカード端末が設置されたため改札ラッチは撤去されていた。
現在、この滝宮駅から高松築港方面に折り返しの電車もあり、琴平線運行上のポイントになる駅になっている。
駅名は駅から歩いて5分ほどのところにある滝宮天満宮に由来するもので、この神社では毎年4月24日に献麺式(うどん祭り)も開催される。また駅から徒歩10分の綾川町うどん会館では名物「うどんアイス」も販売している。
ともあれ、うどんの聖地にありながら駅に「うどん」の気配を感じさせないところが好ましい。
そんな滝宮駅からふたたび琴平行の電車に乗り、しばらく走ると、車窓にどかんと富士山形の山が現れた。讃岐独特のビュート(残丘地形)で「讃岐七富士」のひとつ、堤山(羽床富士)だ。
日中は静かな滝宮駅、でもその周辺は讃岐名物でお腹いっぱいになる場所だった。
【滝宮駅(高松琴平電鉄 琴平線)】
■ホーム:対抗式2面2線
■所在地:香川県綾歌郡綾川町滝宮
■駅開業(駅舎も含む):1926年(大正15)12月15日
■アクセス:高松築港駅から電車で40分
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。