文・写真/杉﨑行恭

熊本地震以来4年4か月。不通だった肥後大須駅〜阿蘇駅間の修復工事が終わり、令和2年8月8日に全線復活を果たした豊肥本線。観光列車「特急あそぼーい!」も熊本〜大分・別府間で運転を再開し、ダイナミックな車窓風景が楽しめる阿蘇山超えの列車旅が楽しめるようになった。

阿蘇山とあそぼーい!

この豊肥本線は大正のはじめに建設が始まり、昭和3年(1928)に全通した路線で、熊本駅を起点にスイッチバックを駆使して阿蘇カルデラ(阿蘇谷)に登り、宮地駅からそそり立つ外輪山を超えて大分県内の高原を下っていく。その沿線には歴史を秘めたいくつかの木造駅舎を残している。ここでは熊本地震で被災した今はなき駅舎も含めて紹介していこう。

南熊本駅

豊肥本線で熊本駅からふたつ目、南熊本駅は市街地にたたずむ中間駅だが、その乗降客数と不釣り合いなほど大柄な駅舎がある。太平洋戦争中の昭和18年(1943)に建てられた木造モルタル造りの駅舎で、熊本市街を焼き払った昭和20年の熊本大空襲にも焼け残った。まるで木造校舎のような瓦屋根の建物に堂々と車寄せを張り出した建物は、かつてこの駅から私鉄の熊延(ゆうえん)鉄道(昭和39年廃止)や熊本市電も接続する熊本市南部のターミナルだったなごりだ。特に熊延鉄道は名称通り熊本から延岡(大分県)を目指した鉄道だったが、約29km先の砥用で力尽きた。いまも沿線には廃線跡の遺構が点在している。余談だがこの南熊本駅は熊本市中央区にあり熊本駅は西区、西熊本駅(鹿児島本線)は南区にある。

旧赤水駅(改築)
立野スイッチバック

平成28年(2016)の熊本地震の際、この赤水駅構内を走っていた2両編成の気動車が脱線、また駅舎も壁に亀裂が入るなど危険な状態になり同年11月に解体されてしまった。以前の駅舎は昭和13年(1938)に建てられたこじんまりとした木造平屋で、駅頭に立派なカイズカイブキが茂る愛らしい建物だった。最大勾配33パーミルの立野渓谷をスイッチバックで突破した豊肥本線の列車がカルデラ内に入ったところに赤水駅があり、標高も467mに達している高原の駅だ。赤水駅の前後からは車窓に阿蘇山の中央火口丘が望める絶景の地、今では簡素な待合室に建て替えられた赤水駅だが、途中下車して周囲の水田から阿蘇山を眺めるのもいいだろう。

旧内牧駅(改装)

赤水駅と同じく、熊本地震で損傷し惜しまれながら解体されたのが内牧駅だ。写真の旧駅舎は昭和25年(1950)年に建てられた木造建築で、その頃流行していた戦後モダニズムスタイルの開放的な駅舎だった。このような目立つ駅舎になったのも内牧温泉への下車駅だったためで、クルマ社会になる以前は大勢の湯治客が訪れた駅だった。内牧温泉は鉄道開通以前から夏目漱石や与謝野鉄幹などが訪れた阿蘇谷の名湯として栄えていた。今では待合室だけの駅舎になった内牧駅だが豊肥本線を旅するとき、ここに素敵な駅舎があったことを思い出してほしい。

阿蘇駅

「特急あそぼーい!」やクルーズトレイン「ななつ星in九州」も停車する阿蘇駅。この駅舎もクルーズトレインに合わせて真っ黒に塗り替えられているが、じつは前身の宮地軽便鉄道が坊中駅として開業した大正7年(1918)以来の駅舎といわれている。腰壁は玉石積みで側面は下見板張りの洋館建築、なにより真正面にそびえる阿蘇山に対峙するようなハーフティンバーをほどこした屋根の三角ファサードがすばらしい。もっとも黒いのでよく見ないとわからないが、この駅を訪れたらじっくり鑑賞してほしい名駅舎だ。

宮地駅

豊肥本線沿線のなかでも、この宮地駅ほど存在感のある駅舎はないだろう。昭和18年(1943)に阿蘇神社のもより駅として完成した駅舎は、建物のほとんどがルーフではないかと思うほどの大屋根を構えている。これは奈良県大和盆地にみられる「大和棟」を模したと考えられ、ちょうど戦時中の戦意高揚で著名神社のある駅舎がこのようなニッポン趣味で改築されていた時代だった。それでもどこかモダンさを感じさせる造形なのは、当時の国鉄設計陣の腕の冴えなのだろう。待合室に隣接して「豊肥本線災害復旧資料館」があり、平成24年九州北部豪雨の際にトンネルから濁流によって押し出されたレールが展示されている。またレトロな建物に似合うカフェも開店、訪ね甲斐のある宮地駅だ。

豊後竹田駅

豊肥本線が阿蘇山を超え、大分県に入ったところにある特急停車駅が豊後竹田駅だ。列車の発着時にホームに「荒城の月」が放送されるようにこの竹田は作曲家滝廉太郎の出身地で、また岡城の城下町として趣深い町並みが人気の観光地だ。武家屋敷風の駅舎は昭和62年(1987)のJR化の際に改築されたものでホーム側の絶壁から「落門の滝」が流れ落ちている。これは約350年前の寛文年間に開削された農業用水の一部で、トンネルや段差の多い竹田地域のシンボルとなっている。おそらく、滝を借景にする駅舎は全国にある約9千の駅の中でも、ここだけだと思う。

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

 

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