『檸檬』の母胎となった習作『瀬山の話』の草稿。瀬山という名の男を主人公に65枚ほど書いたあと、10枚足らずに削ぎ落とした。

見わたすとその檸檬の色彩はガチャガチャした色の諧調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。

『檸檬』の一節。丸善の洋書売り場で、城壁のように積みあげた画集の上に檸檬を置いたときの描写。研ぎ澄まされた感覚が際立つ。

『檸檬』が題材の丸善オリジナルの文具が販売されている。上から檸檬の色調と曲線の「檸檬ペンケース」6050円。同色のペンケースが付属する「檸檬チャーム付きサファリ万年筆(中字)」5500円。丸善オリジナルボトルインキ「アテナインキ『檸檬』」2200円。さりげなく知的なお洒落が楽しめる「ピンバッジ」各770円。「檸檬マスキングテープ」幅15mm×7m巻。330円。
問い合わせ:03・5288・8881

丸善の創業は明治2年(1869)。福沢諭吉の門下生だった早矢仕有的(はやしゆうてき)により、横浜の地に輸入商社「丸屋商社」として始まった。設立趣意書『丸屋商社之記』に《日本全国ノ繁盛ヲ謀リ同国人ノ幸福ヲ助ケ成サヾル可ラズ》と記したように、西洋の文化・文物を輸入・紹介し、新時代の日本と日本国民の幸福と繁栄に寄与しようとの高い志があった。

創業翌年の明治3年に東京・日本橋店を開設、明治4年には大阪、明治5年には京都にも支店を設けた。取り扱い商品は、西洋の書籍や雑誌をはじめ、万年筆やタイプライター、鉛筆、石鹸、マッチ、バターなど多岐にわたった。丸善は、西洋に向けて開いた近代日本の“窓”ともいうべきもので、とりわけ明治の知識人にとっては不可欠の存在だったのである。

当時の丸善京都支店。三条麩屋町西入ルにあった。洋書や種々の舶来品を販売。小説中にも香水、煙管といった言葉が並ぶ。写真提供/丸善雄松堂株式会社

たとえば、夏目漱石は留学中に購読を始めた英国の美術雑誌『ステューディオ』を、帰国後も丸善を通して購読し続けた。他にも多くの洋書や雑誌を購入するから、ある月には70円30銭もの書代を支払ったという記録も残る(当時の一般社員の初任給が30~45円)。

時代の要請と後押しで丸善は隆盛し、明治43年には赤煉瓦づくり、エレベーターつき4階建ての日本橋本社屋が竣工する。

三高時代の自身の姿を投影

もちろん、学生たちにとっても丸善は馴染みの場所。東京帝国大学や第一高等学校の学生たちは日本橋の丸善へ、京都帝国大学や第三高等学校の学生は丸善京都支店へ、頻繁に足を運んでいた。梶井基次郎の秀作『檸檬(れもん)』の重要な舞台として丸善京都支店が選ばれたのも、必然であったろう。

梶井基次郎は明治34年、大阪の生まれ。18歳で京都の第三高等学校に入学するが、当初は文学熱はなく、専攻は理科甲類だった。三高の寄宿舎で中谷孝雄や飯島正といった文学青年と同室となったことから志向が変わり、知的でデカダンな生活に惑溺して詩や小説の創作を始めた。三高卒業後、東京帝国大学英文科に進学。大正14年(1925)1月、仲間たちと同人誌『青空』を創刊した。珠玉の短篇『檸檬』は、この『青空』創刊号に掲載された。

梶井基次郎(1901~32)
三高時代から兆候のあった胸の病のため31歳で早世。伊豆・湯ヶ島での療養生活を素材に『冬の日』『冬の蠅』などの命を凝視する佳作も残した。
写真提供/日本近代文学館

物語は京都で展開する。三高時代の自身の姿を投影した主人公の“私”は、倦怠を持て余し、不吉な塊のようなものが心を圧迫し続けている。あるとき“私”は、果物店で一顆の檸檬を手に入れる。絵の具をチューブから搾り出して固めたような単純な色、丈のつまった紡錘形、しみ透るような冷たい感触、かぐわしい香り。檸檬ひとつがすべての善、すべての美に匹敵するような倒錯した価値観に惑溺して倦怠はまぎれる。“私”はそれを持って丸善へ行く。歩き回った疲れから気分は憂鬱に還り、大好きな画集を取り出してページを繰っても滅入るばかり。と、突然に“私”は思いつく。画集を城壁にように積み重ね、その上に檸檬を置く。すると檸檬は周囲の色の諧調を吸収して、カーンと冴えかえる。その檸檬を爆弾に見立てて、“私”は想像に胸をおどらせながら丸善をあとにする。

対象の中に自己を再生するような感覚の抽出。川端康成が《頽廃にして健康、穏和にして苛烈、青き淵の底に匂い高き刃の閃き》と評した基次郎の文学世界が、ここに結晶している。

取材・文/矢島裕紀彦 撮影/植野製作所(文具)

特別付録 サライ×丸善 共同企画
万年筆『ミニ檸檬』のご案内

サイズ以外は「檸檬万年筆」(下写真手前)のデザインを踏襲。キャップのペンクリップも忠実に再現。横に並べるとお分かりいただけるだろう。
ペン先には『サライ』の駱駝マーク。伝統的な葡萄唐草文様を檸檬に見立てた「檸檬唐草」が囲む。

1999年に丸善の創業130周年を記念して作られ、話題となった「檸檬万年筆」。以後10年おきに2度作られ、完売を続けた名品を、このたび軽くて使いよいミニサイズに再現した。

梶井基次郎の代表作『檸檬』(大正14年)の舞台は、丸善京都支店。爆弾に見立てた檸檬を乱雑に積まれ本の上に置く、文学史に残るラストシーン(上記参照)。それをイメージしながら、檸檬色の万年筆を製作した。

付録には、ブラックのインクカートリッジが1本付属するほか、「らくだ屋通信販売部」でも交換用のカートリッジを扱う。

手元に華やかさを添えてくれる万年筆『ミニ檸檬』。手書きの喜びをご堪能いただきたい。

檸檬色と黒色の配色に、ペン先やキャップに施された金が差し色として輝き、高級感を漂わせる。ペン先は弾力があり、やわらかな書き味。
ブラックのインクカートリッジが1本付属する。市販のヨーロッパタイプ(欧州共通規格)のカートリッジ(ショートタイプ。長さ40mm弱)が使える。購入の際は、付属のカートリッジを文具店などの店頭にお持ちいただくことをおすすめする。
キャップは軸の後端に装着可能。装着すると、筆記の際に描きやすい長さになる。

スペアインクカートリッジ 6本入り×6箱セット
商品番号 ブラック:75206-101-01、ブルーブラック:75206-101-02 税込み価格 各3300円

※未使用の場合でも、長期間放置するとインクが蒸発することがありますのでご了承ください。

『サライ』6月号の特別付録はサライ×丸善 共同企画 万年筆『ミニ檸檬』

Amazonで商品詳細を見る

※この記事は『サライ』本誌2022年6月号より転載しました。

 

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