嫌うよりも嫌われたくない。その感情が呪縛だった
就職してからも実家を離れることができなかった里香さんですが、24歳で結婚したことで別居がかないます。しかしそこから執拗なほどの電話が始まり、さらには電話を切った後に押し寄せる罪悪感に押しつぶされそうになっていきます。
「結婚まではもう必死に耐えていた感じでしょうか。機嫌を損ねたほうがその後のケアに時間がかかるから、前以上に気を使っていました。でも、いつからか、母親に対して愛情みたいなもの、何かをしてあげたいという気持ちがなくなっていました。母親との時間は苦痛だけになっていたんです。
結婚で家を出られた時は、とても嬉しかった。結婚したのは学生の頃からずっと付き合っていた男性で、私の家の事情を知っていて、結婚を早めてもらった感じです。これで顔を合わせないようになれば、両親の関係みたいに、揉めずに一定の距離を保てると思っていました。でも、毎日のように電話が来るようになって……。電話の時間もしんどかったんですが、一番辛かったのは、電話を切った後に襲ってくる、親に対して嫌いという感情を持ってしまっていることへの罪悪感です。自分は本当にダメな子供なんだと思いました」
その感情に押しつぶされそうになった時、吐き出し口としてあるSNSを書き込んだと言います。そこに寄せられたコメントで、里香さんは救われます。
「誰かに聞いてほしかったけど、それが一方通行になれば相手の負担になることもわかっています。母親と同じにはなりたくないという思いもあり、夫にも詳細は教えても自分の感情は隠していました。
ほんの軽い気持ちでSNSを開き、検索。同じ思いを持っている人たちに向けて、自分の感情をぶちまけました。『母親が嫌い』だって。そうしたら、ほとんどの人が私の感情を肯定してくれたんです。母親のことをそう思ってはいけないという、“当たり前”の概念を崩してもらえた気分でした」
その後、すぐにとはいかなかったものの、徐々に、まずは電話をこちらから切る、短時間で終わらせる、出ないというふうに距離を取っていったそう。今もまだ期待する気持ちは残っていると言いつつも、「嫌いだという感情を肯定できると、相手からも嫌われてもいいと顔色を伺うことはしなくなりました。私の場合、嫌いというより、嫌われたくないという思いが強かったんじゃないかな。そこがクリアにできただけでも、心は穏やかです」と笑顔で語ります。
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。