祖父と血のつながりはなかった。でも、その事実は祖父の愛情をより強く感じるきっかけになった

大学4年間は運動部のマネージャーをするなど忙しく過ごします。実家には帰りたくない思いがあったそうですが、正月だけは祖父の顔を見るために帰っていたと言います。

「地元を離れてから、開放された思いももちろんありましたが、やっぱり祖父に会えないのだけが寂しかったですね。でも、離れて暮らすことで両親との関係も普通になっていきました。相変わらず顔を見ると小言ばかりだったけど、嫌になったら東京に戻ればいいという思いがあったからかな。逃げ道ができたことで心に余裕ができたんだと思います」

その後、大学在学中に父親が脳梗塞で倒れてしまい、入退院を繰り返すように。家族総出で看病をすることになりますが、それでも由衣さんは地元就職を選ぶことはありませんでした。

「倒れたと聞いた時はびっくりしたけど、それでもなぜか父なら大丈夫だと思ったんですよね。それに、父のことよりも地元での辛かった記憶のほうが大きくて……。親不孝かもしれないけど、母親から『地元の公務員か一流企業に入れ』と言われたことで、絶対に東京に残ってやるって思いが強くなってしまったから」

由衣さんは見事に一流企業に就職。就職後は祖父の誕生日と敬老の日には必ず帰るようにしていたそう。祖父だけに心を許していた中で、ある衝撃的な事実を母親から聞かされたと当時を振り返ります。

「祖父は日本酒が好きだったので、誕生日にはお酒を買って帰り、一緒に晩酌をしていました。

母から聞いたのは、祖父は実の父親ではないということ。祖母と祖父は10歳以上年齢が離れていて、祖父は若かったんです。その理由は、祖母の先代の夫、母のお父さんは戦争で亡くなり、祖父は上夫だったようで。つまり私とも血のつながりはありません。母親はどういうつもりで言ったかは知らないけど、それを聞いた時は、私のためにしてくれたことにより一層の愛情を感じました。もらった愛情をこれからしっかりと返していこうと思ったんです」

由衣さんが29歳の時に祖父は心筋梗塞により他界。その日東京にいた由衣さんは立ち会うことができず、葬儀の時も祖父の死を受け止められなかったそう。「火葬場で泣き疲れて倒れちゃうほど大泣きでしたね。祖父には感謝しかありません。色んな重圧を背負って、小さい頃から何度も逃げ出したい気持ちを思い留められたのは、祖父の愛情があったから。高校も大学も就職も、真っ直ぐ進めたのは祖父のおかげです」と由衣さんは笑顔で語ります。

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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