NHK『日曜討論』ほか数々のメディアに出演し、シニア世代の生き方について持論を展開するライフ&キャリア研究家の楠木新さん(69歳)。人生100年時代を楽しみ尽くすためには、「定年後」だけでなく、「75歳からの生き方」も想定しておく必要があると説きます。楠木さんが10年、500人以上の高齢者に取材を重ねて見えてきた、豊かな晩年のあり方について紹介します。

文/楠木新

諦めたことを「生きがいの貯金」と考える

私がテレビ番組にゲストとして出演した時のことです。番組内で紹介された人は、子どもの頃にテレビで見た刑事番組に憧れて警察官になります。しかし、仕事でケガをして2か月間入院したことをきっかけに退職。その後、警備員に転職しましたが働く喜びを感じられずにいたそうです。そんな折、駐車場の警備にあたり、黒塗りの高級車がずらっと並んでいるのを見て、子どもの頃から乗り物が大好きだったことを思い出します。そして海外のVIPや要人が乗車するハイヤーの運転手に転職しました。

番組内では目を輝かせながら、できるだけ長く運転手を続けたいと語っていました。その時にMCだったタレントの藤井隆さんは、「この人は2回も子どもの頃の夢を叶えている」と指摘していました。小さい頃の憧れや原体験は年齢を重ねても大きな力を持っていることを強く感じました。

仕事だけでなく趣味的なもので小さい頃の自分を呼び戻している人も少なくありません。子どもの頃得意だった将棋を70代になって本格的に再開した人もいます。理由を聞くと、「将棋の勝負では、こちらが年寄りでも一切容赦がありません。子どもたちも手加減はしてくれない」と語ります。仕事を辞めると、誰も自分に注意やアドバイスをしてくれない。周囲もやさしくなりすぎて、逆に“刺激”が欲しくなるとのことでした。今では将棋センターに通うのが、日々の生活の軸になっているそうです。

学生時代のバンド仲間と再び音楽活動を始めて楽しみながら、孫にもギターを教える、剣道5段の腕前を呼び起こして豆剣士を指導する、卓球部で活躍した経験をもとに仲間に教えるなど、子どもの頃に得意だったことの活かし方は人それぞれです。

若い時に諦めたことや、うまくいかなかったこと、後悔があったことを、残念な人生と受け止めるのではなく、死ぬまでの「生きがいの貯金」をしてきたと考えてみてはどうでしょうか。

本当に学びたいことは定年後に出会う

教えるだけでなく学びの場もあります。最近は国の方針により成長産業で通用する人材を養成する学び直し(リスキリング)がマスコミにもよく取り上げられます。長く働くことができるスキルや技能を身につけようというものです。

それも意味があるとは思いますが、中高年期以降の人は、国家戦略などとは別に自分の生き方を充実させるための学び、自らの居場所を見つけることが大切でしょう。中高年期以降に大学や大学院で学び直して新たな仕事に就いている人は少なくありません。大学院で学んだ公務員が、定年後に大学教員の仕事に就いた例や、大学で街づくりを学び、NPOで活躍する人もいます。

取得した資格を活かす事例も少なくありません。キャリアコンサルタントの資格を持って大学生の就職活動の支援をする人、社会保険労務士の資格を取得して、中小企業経営者の労務関係の相談に乗る人、定年退職後に保育士の資格を取得して週に3日ほど保育所で働いている男性もいました。

また仕事とは関係なく学ぶこと自体を新たな居場所にしている人も多くいます。

大学で歴史を学びたかったが就職を考えて経済学部に入学した会社員がいました。彼は60歳の定年を区切りとして、大学の文学部に入り直して歴史を学んでいます。また長く商社で働いた後、「総合商社という業態がなぜ欧米にはないのか」という課題を研究したいと話す人もいました。

私と社会人大学院でクラスメートだった70代の男性Kさんは、中学を卒業して建設業、不動産業で会社を立ち上げて長く社長として働いてきました。バブルの崩壊で大きな借金を背負ったのですが長い期間かけて完済した後に、経営学を学び始めます。彼が「生まれて初めて学割が使える」と学生証を掲げて自己紹介する姿や「俺は初めて大きな組織で働くサラリーマンを見た」という発言にも驚かされました。彼にとっては、大学院が未知の経験ができる楽しい居場所だったのです。

また、グループで学び直す方法もあります。兵庫県主催(当時)の「シニアしごと創造塾」の塾生同士がラジオ番組制作を目指そうと学びを続けた例などです。その結果、関西一円をサービスエリアにしているラジオ関西で、15分間の自主制作番組『60歳からげんきKOBE』を数年間にわたって発信することができたのです。

当時のメンバーは9人で、代表のSさんをはじめ半数以上は70代の定年退職者が中心でした。実は、私は50代後半の一時期、この活動に参加していました。会社員から異なる仕事に転身した人を何人かラジオで紹介する機会をもらったからです。多くの聴取者がいるラジオ番組なので、内容に関して活発な議論が飛び交っていたことを覚えています。まさに番組制作は、70代の彼らにとっての新たな居場所であると感じました。

仕事に一旦区切りをつけた後に、本当に学びたいことに出会ったという人は少なくありません。仕事に取って代われるものが学びのなかにあるからでしょう。

参加費330円。オンライン講座を緊急開催!

「75歳からの生き方」をテーマにした楠木さんのオンライン講座を4月14日に開催します。詳細・申し込みは「小学館カルチャーライブ!」(https://sho-cul.com/courses/detail/398)から。

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楠木新(くすのき・あらた)
1954年、神戸市生まれ。1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長などを経験する。在職中から取材・執筆活動に取り組み、多数の著書を出版する。2015年、定年退職。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務める。現在は、楠木ライフ&キャリア研究所代表として、新たな生き方や働き方の取材を続けながら、執筆などに励む。著書に、25万部超えの『定年後』『定年後のお金』『転身力』(以上、中公新書)、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『自分が喜ぶように、働けばいい。』(東洋経済新報社)など多数。

 

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