取材・文/坂口鈴香

認知症の人が行方不明になる事例が増えている

2008年のこんな判決を覚えている方は多いと思う。

認知症の男性(当時91歳)が線路に立ち入り、電車にはねられ死亡した事故で、JR東海がその遺族に対して損害賠償を請求していた訴訟において、一審の名古屋地裁が男性の妻と長男に請求額約720万円全額の支払いを命じる判決を出した。認知症の人を介護する家族からは、「認知症の高齢者を24時間見張っておくことなどできない」「介護する家族の実態をわかっているのか」という憤りの声が沸き起こった。

2016年に最高裁で、家族の支払い義務を否定する逆転判決が確定したが、いまだに認知症の人が一人で外に出て行方がわからなくなる例は非常に多い。

警察庁の統計によると、認知症またはその疑いによる行方不明者は全国で15,863人(2017年)。年々増加傾向にある。そのうち99%は1週間以内に発見されているが、2017年の行方不明者のうち227人が発見されていないというのだ。

自治体の広報車や防災無線などで「○歳の男性(女性)が行方不明になっています。見かけた方はお知らせください」というアナウンスを聞いたことのある人も少なくないだろう。「24時間見張っておくことなどできない」という声があがった冒頭の判決時から、認知症の人を介護する家族の悩みは何も変わっていないのだ。

「親の終の棲家をどう選ぶ? 就職氷河期世代独身女性の介護【4】」で紹介した杉浦朋美さん(仮名・44)も、サービス付き高齢者向け住宅に入居する父親が行方不明になった。飲まず食わずで歩き続けた父親が倒れ、発見した人が救急車を呼んでくれてようやく発見されたのだが、父親は7キロも離れた場所まで行っていたという。

また、三井麻美さん(仮名・32)の父親は若年性認知症で、家族が仕事でいない日中、外出したまま家に戻れなくなった。このときは、父親が携帯電話を持っていたため、警察に逆探知してもらって居場所を特定することができた。父親はまだ60代だったこともあり、頻繁に遠くまで出かけ、家族はそのたびに探し回った。「家族がちゃんと見ておけ」などと怒られたことも数えきれないという。

家族にとっては、行方がわからないもの心配だが、事故に遭ったりケガをしたりしていないか気が気ではないはずだ。冒頭の事例のような事故もある。この家族は、男性が外出するとチャイムが鳴るようにしていたが、男性が音におびえるためにセンサーのスイッチを切っていたという。

そこで今回は、行方がわからなくなった認知症の人を捜索するツールや取り組みを紹介したい。

GPSで位置を特定

認知症の人の靴や杖などに小型GPS端末を取り付けて、位置情報を検索し居場所を特定できるツールがある。また、あらかじめGPS端末がついた靴もある。

「親が帰ってこない」「どこにいるのかわからない」というときに、GPS端末のついた靴を履いていたり杖を持っていたりすれば、家族は、スマートフォンなどで認知症の人が今どこにいるのかを把握することができる。エリアを設定しておき、そのエリアから出ると家族に通知メールが行ったり、家族から連絡を受けた事業者が保護したりできるサービスもある。

いうまでもないが、GPS端末を取り付けるときには、履きなれた靴や杖など本人が外出するときに必ず身につけるものであることが重要だ。

なお、GPS端末による捜索サービスは介護保険が使える場合があるので、ケアマネジャーに相談してみよう。また自治体が利用料を補助していたり、GPS端末を貸与したりしている場合もあるので、親の住む自治体の情報を調べてみてほしい。

保護されたときに身元を特定

保護されたり病院に運ばれたりしても、身元がわからないケースもある。そんなときに便利なのが、「見守りシール」(名称はさまざま)だ。

その一例がQRコードが印字されたシールだ。シールを認知症の人の衣類や肌、爪などに貼り、保護した人がスマートフォンなどでQRコードを読み取ると、コールセンターの電話番号とID番号が表示され、コールセンターから家族などへ連絡が入るなどといった仕組みだ。利用者の個人情報が提示されることはないので、安心して利用できる。

自治体によっては、介護認定を受けている人などを対象に見守りシールを配布したり、利用料を補助したりしている場合がある。またQRコードではなく自治体への登録番号を記入するタイプなど、シールの様式も自治体によってさまざまだ。

地域の目も侮れない

地域の目も大切だ。あらかじめ近所の方に事情を話しておき「もし親が一人で歩いていたら連絡してください」とお願いしておき、家族の連絡先を伝えておこう。

「高齢者の見守り・SOSネットワーク」という仕組みもある。高齢者が行方不明になったときに、自治体や警察、地域の支援団体、地域で活動している企業などが捜索に協力して行方不明者を発見・保護するという取り組みだ。

自治体によって仕組みは違うが、行方不明者が出ると電子メールで協力者に情報を提供し、早期発見の活動に協力してもらう。事前登録制度を設け、行方不明になる可能性のある人に情報を事前に登録してもらったり、捜索の模擬訓練を行っていたりする自治体もある。親の住む自治体に事前登録制度があれば、ぜひ登録しておこう。

【 『認知症の親をどう見守る?【後編】地域住民として私たちができること』に続きます】

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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